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13 「イリーガル探偵社 闇の事件簿」 「追跡1」 転送願い偽造事件

 この章では、ここまでの、どこまでが事実なのかわからない話を、わたしなりの手法で、信頼しうる資料や取材をもとに追跡したプロセスを公開するものである。したがって、フィクションではなく追跡の「記録」である。わたしの目的は、イリーガルの事件簿や竹中の言動の、その信憑性を探ることと、逃亡中のアサクラに関係する情報を少しでも得ることにあった。

「追跡1」 転送願い偽造事件


 時系列的には、2003年5月という比較的早い時期に竹中が「詐欺師を懲らしめる」と意気込んで受注したもので、結果的には、郵便局の転送願い偽造したとして、有印私文書偽造・同行使の罪に問われたという話があった。竹中は起訴され、懲役1年6月(執行猶予5年)を打たれたと話していた。

 竹中の一連のイリーガルに関する話の信憑性を探るため、まずわたしはこの件を、徹底的に調べることにした。

 金をだまし取られたという男からの依頼で、債権のキリトリ(回収)をわずか39万円で受注したという、かなり小さな話である。しかし、およそ世の中の争いごとがそうであるように、ざっくり話だけを聞いても内容は掴めないものである。さまざまな部分でわたしにも混乱が起き、予想以上の時間がかかった。

 当初は、竹中が事実を誇張しているのではないかと疑ったが、告訴状や被害届、捜査資料や裁判資料などを入手することで、竹中の話はかなり正確であったことが判ってきた。犯行自体はシンプルだが、依頼人の抱えていたトラブルは複雑だった。

 竹中への依頼主を、小野寺(仮名)としよう。
 この小野寺を告訴人とし、佐藤(仮名)なる人物を被告訴人として、宮城県の大河原警察署長宛てに提出された一通の「告訴状」があった。
 経緯からして司法書士が代筆したと推測されるが署名はない。まず、この告訴状をもとに、竹中への依頼人である小野寺が抱えていたトラブルをより正確に描いてみる。

依頼人は、詐欺の被害者だった


 小野寺は同じ宮城県に住む桜井(仮名)に105万円、田中(仮名)に250万円を貸していたが、返す返すと言いながら一向に返さないので小野寺は苦慮していた。

 ところがここに、佐藤という男が登場する。佐藤は、金を貸していた桜井を連れて、小野寺の経営する会社に訪れ、「自分は、田中の父には世話になっているので、桜井と田中の2名分の債務は自分が払いたい」などと申し出た。

 そのとき、佐藤は「自分は東京電力の火力発電所用地の買収をしている」などと言って小野寺を信用させ、「自分が責任持って支払うから、桜井に50万円を貸してやってほしい」というので、小野寺は、仕方なくさらに50万円を貸し付けた。

 これに味をしめたであろう佐藤は、さらなる行動を起こす。その1週間後、今度は佐藤は1人で小野寺の会社を訪れ、売買契約書などを見せて「東電買収費用が足りないのであと380万円貸してほしい」と言うので、小野寺はまた380万円を貸した。

 さらにその約1か月後、佐藤は同じような話をしてきたため、小野寺は100万円を約束手形(2通)で貸したという。

 ところが実際に佐藤が示した売買契約書を調べてみると、契約は未了であり、該当する土地は多数の差し押さえを受けていた。このため小野寺は、佐藤に対して「刑法246条第1項の詐欺罪に当たる」として「告訴状」を警察に提出した。ここまでの内容は、この告訴状の記載を参照した。

 むろんこれらは小野寺サイドによって作成されたものである。実際には告訴は受理されず事件化もしなかったと推察される。債権の取り立ては、弁護士を立てて進めるような正攻法でも、相手が場慣れしている場合はなかなかうまくいかない。そこにキリトリ屋など反社会勢力の需要もある。

 小野寺は困り果てて、2003年5月7日に竹中のイリーガルを訪ねた。竹中は当時を振り返る。

 「彼は民事も同時に進めていたんですが、とにかく相手方はたちが悪い。金がないと言って払うつもりがない。昔からある典型的な詐欺すね。無価値の土地の売買契約書を見せられて、次から次と金を払ってしまうほうも、どうなのかなと思ったんすよ」

 このとき、竹中は依頼人である小野寺からキリトリを受注し、まずは相手方の住民票の写しを入手した。それをもとに名古屋の有名な「情報屋」などを使って、カードの使用履歴や債務履歴なども割り出した。同年5月7日、竹中は、小野寺の債権を譲渡された者として、桜井と田中の両名に内容証明を送りつけている。

【当方は、この度、小野寺氏※から債権の譲渡を受けました、竹中※と申します。今後は貴殿に対し、取り立て・管理・交渉は全て当方が致す物とします。貴殿らは、小野寺氏に対し、信書・電話・訪問等で交渉することを一切止めて頂く事になります。当方は、善意の第三者であり、貴殿らの抗弁に対し、耳を貸す必要も無く、貴殿らの事情に対し、当然に私情を挟む事は在りません。小野寺氏から、貴殿らの誠意無き対応を聞かされておりますので、本通知書到着三日以内に、一括で銀行口座に入金して頂きます。(以下、略)】(原文のママ)※=筆者が仮名に修正

 これは、竹中が債権譲渡されたという形を踏んだ、よくある手法であった。

勝手に出した転送願い


 5月13日には、竹中の借りていたマンションの空き室に、佐藤、および田中が引っ越したものとしての郵便局の「転送願」を作成しポストに投函。空き室に両名の郵便物を転送させ、約15通の手紙などを手に入れた。これらは、どこの探偵らでもよく使っていた手法だったと竹中は言う。

「けっこういい線までいってたんすけどね、あの転送がバレちまったからなあ」

 竹中には、いつものように後悔はあっても反省の様子はない。
義理の娘からの手紙が届かないことを不思議に思った佐藤が、郵便局に問い合わせをすると「転送願」が出されているという。そこで佐藤は田中にも電話をかけ「君も郵便物が転送されていないか調べたほうがいい」と伝えた。
訴えを受けた郵便局が調べたところ、その2人の転送届が不正に届けられていると判断されたため、郵便局が被害者となる形で、郵便局が日本郵政公社東京北部監査室長に「被害届」を出した。

 この時点から、佐藤らはがぜん有利になっていく。
 即日、郵政監査官による本格的な捜査が始まった。ちなみに2007年の郵政民営化までは、司法検察権を持つ郵政監査官が、郵便貯金や簡易保険の横領、金券類の偽造や変造、郵便為替を用いる詐欺などを捜査しており、「郵政Gメン」などと呼ばれていた。「郵政Gメン」は徹底した捜査を行うことで知られていた。

 竹中は、この転送依頼前に、桜井と田中に、前述の内容証明などを送りつけており、竹中が疑われるのは時間の問題だった。

 郵政監査官は、内容証明書が差し出された竹中の住所と転送先の住所が同じビル内にあり、竹中の住居が402号室で、701号室の「空き室」が転送先とされていることを突き止めた。つまり手近なところに転送先を選ぶという竹中の安易さが墓穴を掘った。

 さらに郵政監査官は、竹中の銀行口座、電話番号、犯歴などの照会を行い戸籍謄本などもすぐに入手した。そして内容証明と転送届に書かれた筆跡の確認、402号室と701号室の賃貸契約などを調べた。701号室は、韓国籍の賃借人が夜逃げをしたと思われ、4月ごろから所在不明で家賃も滞納しており8月末で賃貸契約を解除される予定だったことがわかった。転送届に残された竹中の指紋と竹中の自供も証拠に添えられ、竹中は起訴された。
竹中の弁護人は「被告人は依頼人が詐欺にあったと説明を受け被害回復を目的に暴走してしまったのが真相である」と弁護した。

 一方検察は、「自己の行為を正当化するかのごとき被告人の供述は、単に罪責減免を意図した虚言であるか、あるいは、被告人の無責任な性格と法無視の反社会的人格態度を如実に反映した妄言である」として懲役1年6か月を求刑した。

 気になるのは、もともと小野寺が抱えていたトラブルの行方だが、竹中が起訴された最中も、小野寺は佐藤に対する約1000万円の請求訴訟中だった。しかし竹中の不法行為により示談はさらに複雑になり、さらに入手した住民票の入手方法に関しても不正行為があるとして、小野寺が依頼した司法書士に対する刑事訴訟をちらつかせるなどして膠着状態となっていた。

「あのねー、奴らは金持ってないし金払うつもりはなかったんですよ。オレも開業したばかりだったから、悪党をとっちめてやろうと人助けの思いでセールス価格で引き受けたんすけどね」

 あいかわらず竹中はこの調子だった。
 小さい事件ではあるが検察官の言葉は辛らつだった。
【被告人は、かかる手法は探偵業では当然のように行われていると述べ、また本件以外にも同じ行為をしたことがあるなどと述べているが、上記のような深刻な問題につき、真摯に認識しているとは思えない。被告人は、公判廷において「今回は行き過ぎた」などと述べているが、その程度の言葉では言い尽くせない問題なのである】

 竹中は、前述のように、郵便物の不正入手は探偵業の常套手段だと考えており、「郵便物をこっそり返そうと思っていたところに、田中から抗議の電話がかかってきたので、それらはすべて処分した」と供述したが、検察は「郵便制度の信頼を根本から損ねる極めて重大な犯罪行為と言わなければならない」といましめた。

 論告要旨にはこうも記されている。
【被告人は、住居侵入、窃盗、傷害等の前歴を有するほか、恐喝未遂で執行猶予判決(しかも、保護観察付きであり次に犯罪を犯せば実刑であることを示唆する最後通牒ともいうべきものであったと思われる)を受けた経験がある。
 しかるに、被告人は、その後も、「イリーガル」などと殊更法規範に挑戦するかのような屋号を掲げて探偵業を営み、上記執行猶予期間が終了するや、わずか数ヶ月で本件犯行に及んだのであって、無反省極まりない。
 加えて被告人は、「本件以外にも同種行為を数回行った」「探偵業者の間ではこの方法で個人情報を得ることは当然のように行われていた」「探偵は天職と思っており、一生続けたい」などと供述しており、今後も同種行為あるいは他の違法行為を行う可能性が高く。再犯のおそれがある】

 この検察の論告は、その後、復讐代行業において次々と犯罪を犯していったことを考えれば実に的を射たものだった。
 わたしが竹中の前科前歴を尋ねたとき竹中はこう返した。
「前科つうのはですね、逮捕歴のことと勘違いしているヤツが多いんですけどね。あれは本来は、実刑くらってムショに入ってはじめて前科になるんですよ。逮捕もされてなくて実刑でもないものは本来は前科じゃないんですよ」
 実際のところ、「前科」はどういう場面で課題になるかと言えば、さらなる罪を犯して裁きを受けるときや、履歴書を書いたときに賞罰の欄に正直に書くかどうかや、公的な文書でどう表記されるかなどである。有罪判決を秘匿して採用されたタクシー運転手の解雇(マルヤタクシー事件)などがよく例に挙げられる。特段の理由がない場合には刑が消滅している前科の不告知を理由に解雇できないという判例だ。履歴書に書かなかったからといって、それがただちに経歴詐称として罰せられるようなものでもないようだ。

 前科については、一説では、「有罪判決の実刑のみならず、執行猶予付き判決や罰金、科料なども含む」とされ、そのように主張する法曹関係者も多いようである。

 なお逮捕後に不起訴処分になった場合でも「逮捕歴」「犯罪歴」は残る。また「不起訴」には、「嫌疑なし」「嫌疑不十分」「起訴猶予」があるという。

 また検察庁作成の前科調書には、犯歴などがすべて記録されているという。かつてわたしも警察官関係者から、逮捕時に採取される指紋や写真などは「99歳になるか死亡するまで保管される」と聞いたことがあった。

 竹中はこの件で、取り立てようとしていた相手らの郵便物を勝手に転送依頼したことが罪となり、「懲役1年6月 執行猶予5年」を言い渡されていた。
 執行猶予を持っている者を通称「弁当持ち」と言う。竹中は、この執行猶予期間中に、Z会事件を起こしたために、執行猶予が取り消され、1年3か月も余分に収監されることとなった。

(14につづく)

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1 「イリーガル探偵社 闇の事件簿」 序章
奇病・ターキーXとアフラトキシン


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