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11 「イリーガル探偵社 闇の事件簿」 刑事らの来訪、高輪署での取り調べ〜
刑事らの来訪、高輪署での取り調べ
ところが、そんなことがあったあと、2004年の9月ごろに、2人の捜査員が突然イリーガルの事務所にやってきた。警視庁本部の者だという。
「任意なんだな。自分らにも守秘義務があるから、話せることと話せないことがあると理解してほしい」
竹中はその刑事に念を押した。だが、開口一番、刑事は、「この女を知っているね。どんな仕事を頼んだの」と聞いてくる。話を聞くと先般のセレブ風の女のことだった。
「それは言えない。訴追の恐れがあるし、守秘義務もある」
「言える範囲でいい。何も君を訴追するつもりはない」
「あやしいもんだ。俺をパクればお手柄じゃないのか」
刑事らの話では、先のセレブ風の女は、医師を襲うような事件を起こしたようだった。
しかし竹中は、人を紹介しただけで犯罪を斡旋したつもりはなかったので強気だった。
しかも竹中が女のことをタレ込んだのではなく、女のほうが勝手に事件を起こして、自分とのことをしゃべったために取り調べを受けているのだ。であればこそ、この女をかばう必要もない。
その後、竹中は2回にわたって高輪署に呼ばれ、事情聴取を受けた。女の面通しもさせられた。セレブの女は、逮捕され疲れ果てた顔をしていたが、たしかにあのときの女だった。
捜査員は、竹中に毒づいた。
「君の共犯関係も立件できなくもない。いつかこっちが本気になる前に、廃業したほうが身のためだぞ」
竹中は、携帯電話を任意提出し、アドレス帳、発信や受信メール、送発信履歴などをすべて提供したものの、最後に言い返すことも忘れなかった。
「何言ってるんだ。こっちは協力してやってるんだ。あとは令状持ってこいよ」
のちにわかったのは、女は男らを雇って医師を襲撃させ、金も奪っていた。そして驚いたのは、その女2人は、現職の日本航空(JAL)の客室乗務員(フライトアテンダント)だった。どおりでセレブ風なわけである。しかも悪徳な医師というのは女の夫だった。竹中はこの件で、さまざまなメディアの取材も受けたという。
ここまでが、竹中の話を肉付けした「フライトアテンダント事件」の「再現」である。会った場所や回数など、事実関係はぶれており、はっきりとしない。ただ、これら一連の話は、後述するように「週刊文春の記事」で竹中の話が裏付けられた。竹中はその記事にも登場していた。
「再現4」 巨額詐欺事件
「Z会事件」は、アフラトキシンというカビ毒やその他の菌、薬物を用いた犯罪とは無縁である。だが、その一方で、アサクラが全面的に関わったとされる重要な事件である。
非合法探偵社「イリーガル」の事件簿から、逃亡者であるアサクラが実行していた犯罪の状況を探ろうとしているわたしにとって、「Z会事件」を鮮明にすることは必須の作業だった。Z会事件の資料や竹中の話を洗い直すと、アサクラの存在が、がぜん信憑性を帯びてくる。ここでは、犯人側である竹中の話をまとめ「再現」することで、新聞記事などでは決して見えない犯行の詳細を描くことにチャレンジする。
竹中の裁判における冒頭陳述書を要約すると次のようになる。
Z会の関連会社である対面教育(のちにZ会に統合)に入社し経理担当主任として働いていた吉永徹(仮名)は、同社が建物を売却する話があることを知り、2003年(平成15年)11月ごろより、同社口座に振り込まれた金を無断で引き出す計画を立て始めた。
吉永はインターネットで共犯者を探すうちに、アサクラと知り合って相互に連絡を取り合い話し合っていた。
まずは、このころの状況を「再現」してみよう。
若手エリートの正体を暴く
アサクラと竹中は、2005年の春の終わりごろ、東京の池袋にある「ロサ会館」近くの割烹料理屋で会食した。そのときのアサクラの話によれば、ある若手エリート社員なる男が、会社の金を迂回して海外に送金しているという。この男とアサクラは、すでに一年近くやりとりをしているらしい。男が関与している会社の金というのは20億円を下らない。ただ、それを手にする方法として、この男は、「宝くじの当たり券を用意してほしい」、「事務所に忍び込んでほしい」などと無理を言ってくるのだそうだ。またこの話は早く動き出さないと、男が管理しているその金は、手を出せなくなる可能性があるという。
アサクラはこの男に対しては、カトウという偽名でやりとりをしているが、この男もまた自分の名前を明かしていなかった。アサクラは、この男のマンションを確認し、この男が言っていることが本当なのかを確認したいという。
「来週末には本人と会う手はずをつけている。そこで行確(行動確認)してほしい」
アサクラは、男の個人情報を突き止めることを竹中に依頼した。
「小悪党のケツの毛まで調べてやる」
竹中は、アサクラからの発注ということで喜んでこの依頼を受けた。
ある土曜日、新宿の京王プラザで行確のため、竹中は10分早めに到着して待機した。背の低いアサクラと並んで出てきたのは、身長180センチを超える、そのIT企業の社員だという男だった。キャップにポロシャツ、デニムにシューズという格好だった。
背が高いので尾行しやすい。追尾を開始するのでわかりやすく行動するようにと、竹中はアサクラにメールを送った。返信は無いものの単眼鏡で遠くから見ると携帯を見ているアサクラの姿を確認できた。
2人は話しながら歩いており、その足取りは遅く尾行するにはかえって難しいと竹中は感じた。間合いを維持して東京の新宿駅西口ターミナル方向に歩く2人を竹中は追った。
2人はファストフード店に入った。
「ここで決着をつけたいのですが話が終わりそうにないです。もう少しで吐かせます」
アサクラから竹中にそんな携帯メールが届く。アサクラは男と話して、男の個人情報を引き出そうとしていた。
よくもこんな隠れにくい面倒な店に入ったものだと思いながら、竹中は単眼鏡で監視を続ける。
やがて2人が店を出て、またロケーションのよくないタイ料理店に入る。竹中はタイ料理を食べ終わる彼らを待つ間に空腹に耐えられなくなり、すぐさま近くの回転寿司店に飛び込んで、一気に10貫の握り寿司を食べ、すぐに回転寿司店を出て、また定位置に戻った。
「彼はいま便所に入ったのでメールします、そろそろ店を出ます、スタンバイを」
アサクラからそんなメールが届く。新宿駅の西口でアサクラと男は別れた。
そこからは、竹中は単独で男の尾行を続けることにする。男は総武線に乗って西船橋で東葉高速鉄道に乗り換え、八千代緑が丘駅で下車した。楽だと思っていた案件だったが、ここで竹中は重大なミスを犯してしまった。わずか一瞬、目を離した隙に、吉永を見失ってしまったのだった。
結局、その日は諦め、アサクラから聞いていた携帯番号から、「情報屋」を使って、住所や家族構成、勤務先などのあらゆる情報を入手してアサクラに報告したのだった。
Z会の吉永を追い込む
吉永とアサクラや竹中らが「相互に連絡を取り合い話し合っていた」とされる状況は裁判記録では明確にされていない。どんなシーンがあったのだろうか。
吉永はアサクラからのさまざまな要求に困ったようだった。吉永は怖気づき出した。やはりこの話は辞退したいと言う。その話を聞いた竹中は、アサクラの了承を得て徐々に吉永に圧力をかけるようになっていった。
吉永の自宅ポストに名刺を投函する。吉永の勤務するZ会に電話をして吉永を呼び出しあとは無言で電話を切るなどさまざまな嫌がらせに着手した。やがて心理的な追い込みの効果が表れ、吉永はアサクラに再三、助けを求めるようになっていった。アサクラは時間をかけて吉永を説得した。
「われわれがZ会の資産である20億円を手にするためには、パートナーである竹中君の協力は不可欠なんです。竹中君の協力がなければこの仕事は成功しないでしょう。もうタイムリミットが迫っていますからね。頑張りましょう」
アサクラとしては、20億円を丸ごと奪い取る計画を練っていた。
「すでに共犯者」という言葉を使うことで、アサクラは心理的に吉永の逃げ道を塞いだ。
反社会に属する者たちが、あることないことを書き立てて会社に送りつけるような嫌がらせを始めれば、「スネに傷を持っている」会社勤め人の地位を奪うことなど容易である。パクられた経験も豊富な自分にとっては、小悪党の吉永を追い込むことなど赤子の手を捻るようなものだと竹中は考えていた。
吉永は、アサクラに対しては一定の信頼を寄せていた。アサクラは、当初から悪事を相談してきた相手であったし、吉永に対して常に丁寧語を使い、礼儀正しい対応をしていた。
しかし竹中に対しての印象は違った。あとになってアサクラから紹介された、嫌がらせをしてくる人物である。しかもアサクラと違って、見た目はお世辞にも紳士とは言えない。
どう見てもどこかのヤクザか不良である。しかも横柄な態度で口汚くののしり常に上から目線なのである。吉永が心底、竹中を嫌がったというのも無理もないことだった。
ところが竹中からしてみれば、吉永は20億円の金づるであるとは言っても、しょせん、自分の勤務する会社の金をネコババしようとしている小悪党である。竹中は自尊心が人一倍高く、中途半端な悪党を卑下するところがあったから、でかいヤマとはいえ、吉永を追い込むのは快感だった。
竹中、吉永、アサクラの3名は幾度か会うものの、一度追い込みをかけた竹中に吉永が心を開くはずもなかった。
親交がうまくいかない竹中と吉永のために、アサクラは、池袋の西口の個室のある居酒屋を予約して会食の席を設けた。アサクラがときおり連れてくるボディガード役であろう巨漢の男も、この日も同席した。その後は店を替えペンシルビルの上にある店に移動した。
「俺はアンタのように生まれも育ちも良くない。お前はよ、もう決してオレから逃げられないぞ、わかってんのか」
開口一番、竹中は毒づいてみせた。吉永は顔を真っ赤にして侮辱された不快感をあらわにした。
アサクラが割って入り竹中をなだめ、一旦、竹中に席をはずすように言った。
「竹中さん。あなたは困ったものです。なぜ穏やかに進めないのですか。台無しになったらどうするのですか。こういう暴走は避けてください」
アサクラはそう忠告した。
これから巨額な悪事を働こうというのに踏ん切りのつかない吉永の態度に、竹中は腹が立ってしかたがなかった。
一方で、吉永は吉永なりにリスクを抑えようとしていたに違いなかった。自分の管理する会社の口座から、億を超える金が引き出されてしまえば、真っ先に疑われるのは自分自身である。
だからこそ、吉永は通帳や印鑑を盗まれたように装うなど、手を替え品を替え、より安全な方法で金を横領する犯行アイデアをアサクラに持ちかけていた。
竹中がアサクラから聞いたところでは、吉永のアイデアの一つに、「宝くじの当たり券を用意する」という荒唐無稽なものもあった。それは吉永が収入に見合わない現ナマを手にしたことが発覚したときに、弁明に使うという吉永の保身策だった。ところが実際に「宝くじの当たり券」の真券を入手するというのは非現実的な案である。この素人くさいアイデアが竹中を怒らせた。
竹中は、吉永を怒鳴り上げた。
「話はカトウ(=アサクラ)から聞いているぞ。なんだアンタの条件は? 宝くじの当たり券を持って来いだと、この野郎。おおっ。舐めてんのかよお。そんなことができるわけねえだろ、ボケ。お前、頭おかしいのかよお」
ここでアサクラが、またとりなしに入った。
「まあまあ。待ってくださいよ。吉永さんは、ご友人に大金を借りご自分の定期預金を解約してまで、今日、相応の実行資金を用意してくれたんですよ。竹中さん、その誠意を汲んであげてください」
実際に吉永は数百万円を持って来ていた。そんなこと早く言えよと思い、竹中は急に態度を変えて笑顔を見せた。
「領収書って要りますかねえ。なーんてね」
とってつけたような言葉でおどけてみせた竹中だったが、吉永は笑顔すら見せなかった。
数日後、3人で神田で落ち合った。吉永がまた新たなプランを提案してきた。それによれば、今度は、「吉永自身がどこかで泥棒役になってくれる人間を手引きしてZ会に忍び込ませ、そして通帳や印鑑を盗ませる」という案だったという。
この吉永の反応は、アサクラや竹中の計画では自分の身が危ういと不安を感じていた証左でもある。(実際に捜査が始まってすぐに吉永は当局にマークされており、不安は現実のものとなる)
一方で、竹中としては、犯罪に関してずぶの素人である吉永のくだらないプランなどに乗るのはバカバカしいと思った。
8月1日には、約12億円が定期預金にされてしまう。それゆえに吉永は焦っていた。この8月1日をデッドラインと考え、それを過ぎてしまえば金を奪うことはできなくなる。
アサクラと竹中、そして吉永は、その話を共有し、相談の上で、7月28日をXデーに決めた。ほとんど計画という計画なしに数回の打ち合わせで犯行が行われたのである。
裁判資料で、彼らが「相互に連絡を取り合い話し合っていた」と簡単に表現される部分を「再現」すると、このような流れだったと竹中は回想した。
手下の手配と実行
竹中は実行役としてトラック運転手の宮川(仮名)を引き込んだ。過去のことで竹中は宮川の弱みを握っていた。新宿西口にあるホテルのラウンジで、竹中は言葉巧みに宮川を誘惑した。
「一攫千金、濡れ手に粟のでかいヤマがあるんだ。前に、お前は、オレたちから金をしぼり取られたんだから金はほしいだろ。ボロ儲けして女遊びしたいだろ」
「興味あります。でかいってどのくらいですか?」
宮川は予想どおり食いついてきた。
「なんつーかな、帳簿に載せられない金を右から左に動かす仕事だよ。マネーロンダリングのような重要な仕事だからな、信用できるお前にしか頼めないんだよ」
竹中は、宮川を信用させるべく思いつくままをしゃべり、報酬として1000万円を提示して、振込用の口座と受け子役の女を用意することを依頼した。
竹中は、このときのことを、「すべて宮川をその気にさせるためのデタラメだった」「嘘をついてバカをその気にさせた」「やばくない話をこんなバカに振る訳がなかった」などとわたしに話した。
しかしその後の竹中は、「実行犯に、こんな頭の悪いやつを選んでしまったことが自分がパクられた敗因だった」と後悔しているようである。
この事件を振り返ると、結果的に振込口座として実行犯の名義の銀行口座を使ってしまったというのは、あまりにも浅はかな計画だったろう。竹中と実行犯である宮川とは直につながっており、宮川が転べば、実名を出して探偵事務所を開設していた竹中が捕まることは想像に難くない。7億5千万円もの犯罪を企てたにしては、極めて計画がずさんだった。銀行口座の売買にも手を染めていた竹中はなぜ、そんなリスクのある銀行口座を使ったのか。そのことを単刀直入に竹中に聞くと、「いや、そこはですね、教授(アサクラ)の指示だったし宮川のミスもあって」と歯切れが悪い。
アサクラがイニシアチブを取って進めたこの計画において、自らの痕跡をパーフェクトに隠したアサクラ自身は、大金をせしめて逃げおおせている。結果から考えると、アサクラにとっては、竹中らが逮捕されることも織り込み済みだったのではないだろうか。とすれば竹中もまた、アサクラの「捨て駒」だったことになる。
(12に続く)
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1 「イリーガル探偵社 闇の事件簿」 序章
奇病・ターキーXとアフラトキシン
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