5 「イリーガル探偵社 闇の事件簿」 事実と虚構とが織り交ぜられた作品
わたしは、2013年の4月と6月に埼玉県の大宮で竹中と2度会った。そのころは、わたしとコンビで仕事をしているデザイナーのK女史は、竹中との会合に、ほぼ同行するようになっていた。それはわりと自発的だった。
スタッフの西村はまだ20代前半で、ゆとり教育世代、デジタルネイティブ世代で、しかもかなりのインドア派だった。いっぽう彼女はといえば、30代半ばで、バックパッカーの盛んな時期に学生生活を送り、卒業旅行には欧米に行く友らを横目に、ひとりシリアのアレッポを訪れ、インドやタイにもはまるような経験があった。
西村がライトノベルやIT雑誌を読んでいるときに、K女史は、政治やノンフィクション、サイエンス雑誌、芸術書籍を読んでいた。いずれも好奇心や野次馬根性は人並み以上だったが、世代や成育環境の違いは、嗅覚の差になっているように思えた。
西村は当初、「毒殺ビジネス」には強い関心を示したものの、竹中と対面すると急速に関心を失った。だがK女史はというと、竹中と会ってからは、彼の内面や生い立ちに強い関心を持ったようだった。
わたしはといえば、メンタルだけは人一倍強いタイプである。アサクラという男が、それなりにインテリジェンスが高いけれども、邪悪な人間だと考えたときに、わたしは、そういう人間の正体を見たいと思った。それは同時に、ここまでアサクラを追ってみたいと思わせる竹中という、この奇妙な男についても書いてみたいと思うようになっていた。
わたしは押したり引いたりしながら、竹中の言うところの「真の悪党」であるアサクラを追うことへの協力を求め続けた。竹中は少しずつわたしや樋口に心を開いてくれるようになっていった。
「この店はなんか朝鮮人くさいな」
相変わらず竹中の態度は悪かった。韓国料理屋に入るとすぐに大声を出してみせ、わざと店の中をじろじろと見渡した。そんな常識はずれの横柄な態度はわたしと彼女をひどく不愉快にさせた。
竹中はあまり料理を食べるほうではなく、ビールやハイボールをがんがん飲んだ。酔いがまわってくると刑務所内のことや残虐な凶悪事件について、あれこれと話した。
ただ、いわゆる反社会の人間とはひと味違った側面も垣間見えた。
前科持ちではあるが気のいい男なのである。それがわたしたちにも少しずつわかってきた。
2013年の年末には、すでに竹中と出会って1年と4か月が過ぎ、話を聞くのも6度目となっていた。
竹中は三島由紀夫や西部邁に影響されファシスタに傾倒していることを、よく話した。衰退する日本人への敵意が自分の美学の支えになっているのだ、などとうそぶいた。のちに2018年に西部が死んだときにはかなりショックを受けたらしかった。
とは言っても、もっと竹中は、単に原理主義的な破壊にひかれているだけのようでもあった。頻繁に、イタリアの小説家ウンベルト・エーコの『フーコーの振り子』の話を持ち出した。
何度か彼に読むことを勧められて、わたしもこの本を買ったものの、読む気になれず放置してある。その『フーコーの振り子』の内容はというと「1970年代から80年代のミラノを主な舞台とし、テンプル騎士団に端を発するオカルト史と陰謀史観を題材とした伝奇小説らしくその「伝奇」とは、伝承や説話などにある怪奇な、史実にもとづかないものを指すジャンルの一つだそうだ。わたしはあまりオカルトに関心はない。
竹中は会う度に自分が書いたという、いくつもの作品をメールで送ってきた。それらには、彼の「悪」への思いの丈が、あらゆる場面に埋め込まれていた。竹中には、ことのほか「悪の美学」とやらへの熱量が大きかった。彼の書いたものとは、こんな感じだ。
【悪とは人の自由意志を奪うことだ。職業の自由、恋愛の自由、生命の自由、全てを面白いように奪ってやった。財産の自由も。何たる全能感!彼は神を真似る神、悪魔になった。俺にとって人の叫喚が心地よい眠り歌だった。何時も犠牲が必要だった。愛なんて俺には不要だった。愛の力なんて、悪の前では非力と信じていた。女は軽蔑の対象だった。自分勝手に悩むバカは俺の財布。俺は全てを軽蔑し全てを憎んだ。愛したのは何時も自分だけ。心から笑える時は何時も一人。敵からの襲撃、身内の裏切りに何時も俺は怯えてた】
陶酔的だった。ニヒルでもある。冷たく醒め暗い影がある。
わたしの見立てでは「自己愛性パーソナリティ障害」
Narcissistic personality disorderのようだった。
傲慢さを示し優越性を誇示し権力を求め続けて称賛を強く求めるが、しかし、他者に対する共感能力はおそろしく欠けていた。
また送られて来たメールには、次のような小説の企画が添付されていた。
【この物語は一人称で進めます。私が主人公。つまり筆者自身の理想の女性を書いています。頭脳明晰、容姿端麗な冷酷非情の女が、悪逆非道の限りを尽くし最期は悲惨な最期を迎えます。閲覧には年齢制限が必要な作品です。過激な描写が溢れています。真実の裏社会の事情に沿って書かれている真のNoir小説※と自負しております。
・主人公。私。氏名年齢国籍の全て不詳。複数の名義を持つ。高い知能と身体能力を持つ美貌の女。
・師匠。主人公に薬理学を授けた狂気の科学者。70代。教授選で敗退し堕落した日々を送る。
・渡部。池袋で如何わしい商売を営む。主人公の恋人。金で犯罪を請け負う。
・故買屋の親方。巨漢の盗品を専門に商う60代在日中国人。不良外人に盗品を売く。
・ブローカーの高橋。訳ありの物件を巧妙な手法で売り捌く。50代日本人。】(原文のママ)※Noir小説 フランス語で、暗黒小説の意(筆者)
なにかの話の流れで、「君はサイコパスじゃないの」とわたしは竹中に言ったことがある。彼は怒るでもなく、サイコパスには相当な関心があるのだと、著名な事件について語りだしたのには驚いた。日本に限らず世界各国のサイコパス事件に彼は詳しかった。
いろいろな人から持ち込まれる原稿などには、ひととおり目を通すわたしも、やがて竹中の原稿には閉口するようになった。それは作品のレベルが低いという理由ではなかった。
男同士の恋愛を扱ったボーイズラブや腐女子の作品などには、ある意味で正常ではないシーンがよく登場する。たとえば美少年の主人公が男とセックス中に惨殺される。首を切り取られ心臓がえぐり取られることなどは、小説の中では日常茶飯事である。
ある女流作家からわたしは「こういうものを書くことで自分の人を殺したい衝動を、いつも必死で抑え込んでいるんです」と告白されたこともある。
狂気と天才は紙一重の世界でもあるから、優秀な作家が精神的に病んでいること自体は驚くに値しない。
ところが、その作品がひとたび実体験だと考えると、背筋に冷たいものが走った。とても小説を読んでいる感覚ではなくなった。
わたしは竹中が書いたものに、ここはこうしたほうがいいなどと赤字を入れアドバイスもしてきた。しかし「これは本当にやったこと?」と聞くと、「えへへへへ」と笑って肯定も否定しないのだ。
不気味さは曖昧であることで増幅された。結局、事実と虚構とが織り交ぜられたものだと考えるようになってから、書いたものからは距離を置き、彼の話を聞くことに重点をおくようになった。
わたしの関心はアサクラのことに絞られていった。
「自分がずっと言っているようにアサクラは本当にいたんすよ。みんなは『教授』と呼んでましたね。オレが探偵始めて、例の看護師の事件をやったときですけど、麻痺させる薬をアサクラから買って、それを依頼人に売ったらペットボトルに証拠が残らないように注射器使って混入したらしいっすよ。キャップの下あたりに針を刺すとバレにくいんっすよ。その薬がすごく効いて。相手は手の震えが止まらなくなったらしいからね。依頼人も大満足で。オレとしても、いちいちヤー公(ヤクザ)とかを雇ったりするより効率いいんでね。それでどんどん仕事を広げたんっすよ。奴は(アサクラは)カビ毒とか、ミンザイ(睡眠導入剤)とか何でも持ってくるし。そんなヤバいブツを、アサクラはイリーガルの事務所の冷蔵庫に入れとくんですからね。かかかかかか」
自嘲気味にしゃべったあとで、必ずといっていいほど独特の笑い声を添えた。
「そのアサクラとは1年以上も一緒にいろいろな仕事をして、メシを食い酒を飲み女を漁った仲だったと。それでも写真の一枚も残ってないの?」
「いや、ないっすね。ヤツはね。写真を撮られることを本当に嫌がったんすよ」
わたしと出会ってからの竹中は、表の社会で、人一倍まじめに働いているように思われた。
「竹中さんって基本的にはまじめだよね」
K女史も彼のことを何度か、そう述べている。
彼女もわたしも、竹中が前科者で、しかもイリーガル時代には、決して許されないような悪事を働いていたということを忘れてしまうほど、普通に飲んだり食ったりしていた。人に会うことが多い仕事柄か、彼を特別視しなくなっていた。
ただ、竹中への親近感というのは、監禁事件に巻き込まれた人質たちが、凶悪犯と生活をともにするうちに心を許してしまう、いわゆる「ストックホルム症候群」のような心理に自分が陥っているのかもしれない。そう感じたこともあった。
測量や建築、葬儀屋、債権回収業など、職を転々としながらも、竹中は懸命に食いつないでいた。彼には新しいところに就職する度に連絡してくるという律儀なところがあった。
葬儀屋の営業をしていたときには、見込み顧客という立場で来てくれないかと頼まれたので、しかたなく彼の勤務していた葬儀屋に出向き、一日つぶして、「葬儀についての相談会」に出席したこともある。また、債権回収の会社に転職したときには、彼はすぐに電話してきた。
「取り立て屋つうのは、オレの天職かもしれないっす」
新しい仕事につくと、その仕事をいかにも楽しんでいるかのように話した。
一方でわたしは彼に、「他人の不幸の上に、自分の幸せを築くな」というのが、自分の「座右の銘」だと伝えたこともある。そういう話になると彼は神妙な顔をしていた。若気の至りでは許されない悪事を働いてきた以上、必ずそのツケが回ってきてバチが当たるという古くからの日本の教えを、わたしはどこかで信じていたし、密かに毒を盛るような卑怯なことをするアサクラを野放しにはできないという、その考えは少しずつ竹中にも伝わったような気がした。
あの手、この手の卑怯な手段を編み出して、特殊詐欺を繰り返す若い者たちもまたそうだ。彼らはちっとも年寄りをだますことに罪悪感を感じていなかった。オレオレ詐欺を、オレとサギの頭文字を取って、OS(オーエス)と呼び、摘発されてなお「知的犯罪」の勲章のように自慢した。
「陰に隠れて卑怯なことをしてOSなどと武勇伝を語るのは、男のすることではないよね」とわたしは竹中に言った。
ただ刑務所を出てもすぐに古巣に戻り、結局また犯罪に手を染める者が少なくないというが、竹中の場合は「ヤバい仕事からは手を引いたのでもう犯罪には手を出さない。そのへんのヤクザと一緒にしないでくれ」と言い切っていた。
竹中の話を興味深く聞いてきたものの、アサクラについてはさっぱりわからないままで、わたしは焦燥感を抱いていた。
アサクラについての話は、ことのほか複雑で整理が難しかった。何しろ逃亡中で、どこにいるのかわからない。しかもアサクラはカトウという名前も使っていた。しかしいずれも本名ではないという。
「お互いの事情は深く知らないほうがいい」
ある日、竹中は、そんな映画の台詞のようなことをアサクラに言われて、彼のことを詮索するのをやめたというのだ。
一年間も毒物ビジネスを行い、ふっと姿を消した謎の男。警察が調べても足取りも掴めない。聞けば聞くほどアサクラのプロ性だけが際立ってくる。わたしは会ったこともないアサクラという男の像を、勝手に自分のなかで作り上げようとしていた。
写真の一枚もない。生まれ育ちも家族構成も、本籍はおろか住所もわからない。メールアドレスや携帯電話にも自分の痕跡を残さない。指紋も残していない。本業も交友関係もわからない。それが本当ならば、アサクラは、どこかの国のスパイ並みの慎重さの持ち主である。
しかもである。このアサクラは残りの4人がZ会の事件で次々と捕まるなか、ただ1人悠々と大金を持って姿を消したという、にわかには信じがたい人物なのである。
優秀な警察官や検察官らが、総動員で血眼になってアサクラを追ったが、その尻尾すら掴むことができなかった。なんとも信じがたい話ではないか。そんなたいそうな話ならばテレビや新聞、あるいは週刊誌で話題になってもよさそうである。
捜査当局より二枚も三枚も上手だった男として、アサクラは竹中の話のなかで最大限に美化され、悪の化身として活躍していた。そしてわたしのなかでもアサクラの虚像が膨らんでいた。
「とにかくね。日本の警察は国民が思っている以上にお粗末なんすよ」
いつも竹中は、そう言ってあざ笑った。
「でも、君はパクられたよね」と飲んだ勢いで、つい茶化した。
「いやいやいや、アサクラ先生は見事に逃げ切ってますしね」
よほどアサクラに対して畏敬の念を覚えていただろうことが、わたしにもわかってきた。彼の中でアサクラという男そのものが最強の毒でありながら永遠のヒーローなのである。
竹中の話を聞くうちに、マッドサイエンティストか何かは知らぬが、その逃亡者アサクラの痕跡をまじめに追ってみたいというわたしの思いは募る一方だった。ただ日ごろの仕事の忙しさは、こんなことのために時間を費やすことを許してくれなかった。
逃亡者アサクラは本当に実在したのだろうか。逃亡することなど可能なのだろうか。
「日本の警察はですね、しっかりしているようでかなり間抜けっすよ。特殊詐欺でもぜんぜん捕まえられないんだから」
逃げたといえば……。この原稿を書き進めていた2018年ごろも、当局からの「逃亡」が目についた。
2018年の4月には、愛媛県の刑務所から脱獄した男が23日間にわたって世を騒がせた。8月には大阪府警富田林署から容疑者が逃走した。留置場の巡査部長がスマホでアダルト画像を見ていたというおそまつな経緯も話題になった。2019年はというと、7月に男が横浜地検の事務官らに対して包丁を振り回し逃亡した。10月1日には、東京の立川拘置所から「実刑被告」が仮病を使って逃走した。10月30日には収容前の女性被告に逃走された大阪地検の失態がニュースになったが、その大阪地検が護送中だった男が、11月にまた、手錠をしたまま護送車両から逃げてしまった。こういう事例はすべて挙げるのは困難なほどだ。
2019年12月29日には、日産の元CEOのカルロス・ゴーンが、米国人2人が持ち込んだ二つの大きな箱の一つに隠れて、いとも簡単に日本から逃亡した。それが現実である。
これらの逃亡については竹中が言うように「日本の警察はマヌケ」だと批判されても仕方がない。どれを取っても管理者サイドの不手際や規則違反が目立つからだ。
ただ気をつけなければならないのは、当局がこういった逃亡を口実にして厳罰化を訴え、監視カメラを増やし、あるいは犯罪者にGPSを装着し、盗聴や盗撮をさらに容易にする捜査権力強化にシフトすることは、それはそれで危ないということだ。
いまの米国を見ればわかることだが、犯罪者を取り締まるという大義名分によって、逮捕権と銃を持つ警察自体が凶暴になっている。
わたしは以前に、北海道警察の不祥事に関する本の編集に関わっていたとき痛感したことがある。
警察自らが不祥事を起こし、さらにそれを隠蔽する体質が管理能力の低下を招いているという側面がある。飲酒運転、万引きやひき逃げ、セクハラなどの不祥事を組織ぐるみで隠蔽していた。こんな自らを律することのできない公権力に、さらに権力を与えるとどうなるだろうか。それは火を見るよりも明らかである。
次の6に続きます。
6 「イリーガル探偵社 闇の事件簿」
悪党 7億5千万円の横領
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「イリーガル探偵社 闇の事件簿」を
最初から読んでみる ↓
1 「イリーガル探偵社 闇の事件簿」 序章
奇病・ターキーXとアフラトキシン
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー