PM8:30のバレンシア #旅する日本語 #心細し
PM8:30。スペインの空はまだ薄水色だった。
音楽を辿っていくと広場に着き、瞬間、誰かの手から真っ赤な風船が空に向かって走っていった。
歌は、こう始まった。Buscando…
知らない4人組の歌はおおらかに鳴り渡り、人々が踊り出す。手をとり回るカップル、キスをする夫婦、水面を跳ねる魚のように跳んだ子ども。
その景色は、あんまりにも美しかった。
同時に、ひどくひどく遠かった。
ひとりきりを望んで、恋人も仕事も家も捨てたくせに。誰にも縛られたくないと、言ったくせに。自由はしあわせで、さみしかった。うれしくて、くるしかった。
手から離れた風船は、逃げ出すように空へとぐんぐん登って、そのあとどうなるのだろう。本当は、戻りたいと泣いていたのではないか。
…あれから3年が経って、わたしは結婚をした。あの歌を、今も口ずさんでいる。夫が待つ家に着くその瞬間まで。
しあわせとは、なにか。歌が、広場が、風船が、わたしに教えてくれる。
心細し(うらぐわし)
心に染みて趣が感じられるさま。えもいえず美しい。
心細し(こころぼそし)
頼りない。心細い。もの寂しい。
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