「ブライダルコーディネーター」と「親子」と「過保護」
「パパとママの子に生まれてくれてありがとう」
そう聞いて、あなたはどう感じるだろう。ありきたりな言葉だと感じるのだろうか。少なくとも、少し前の私はそう感じていた。
11月末、私は20歳の誕生日を迎えた。毎年くる誕生日なのに20歳というだけで、どこか特別な感じがしていた。私の姉は自分の20歳の誕生日に、家族ひとりひとりに宛てた手紙を書いてくれた。それもあってか私も何らかの形で家族に感謝を伝えたい、そう思っていた。誕生日の1ヶ月半前、私は家族に向けて動画を作った。そのときは自己満足で、喜んでくれたらいいなくらいにしか思っていなかった。誕生日の日の18時10分、私が生まれた時間に合わせて動画を送った。あえて個人のトークに送った。
1番にコメントをくれたのは父、「あかん、仕事中に泣けた」。この1文を読んで泣いている自分がいた。自分の気持ちがちゃんと伝わった気がして嬉しかった。そしてその後にコメントをくれた母、よく長文を送ってくるけど今までで1番長い文章だった。「小さい頃は毎日、毎日怒ってばっかりだったね。怒ってばっかりのママだったけど、ママのこと大好き。って手紙に書いてくれてたね。」、自分の中で遠い記憶が蘇ってくる感じがした。あの頃は分からなかったことが、少しだけ分かった気がした。そして文章の最後には、「最近、ママは悲しくても嬉しくても、楽しくてもすぐ涙がでてきます。動画を見て嬉しくて涙がでました。これはママの宝物です。」、そう書いてあった。
あえて言わなくても伝わることもある。でも伝えることで伝わることがある。それが大切なんだと思う。きっとどの家族も親は子に過保護なもので、それが行き過ぎない限り当たり前にあるその愛情に気づかない。だから伝えて欲しい。そしてその愛情が互いに伝わったとき、一緒になって嬉し涙を流して欲しい。
そう思えた私は今、そんな、感動的な空間をつくることができるブライダルコーディネーターに憧れている。私と同じように感じ、沢山の人に幸せな家族をつくっていって欲しい、そう思っている。