御徒町エレジー第23話【家系ラーメンの流儀】
御徒町タイム8:00。
職場のあるビルに向かう。
信号待ちで今日も奴を発見した。
御徒町の妖精を。
昭和通りの真上を走る首都高のガード下に奴はいた。
リアカーにベッドのマットを載せた移動式住居の上で寝ている。
ニット帽を被った初老の男性。
横断歩道の中継地点、ロータリーの様な所で移動式住居を駐車し、そこで爆睡している。
横断するリーマン達の冷たい視線など気にも留めていない。
少し羨ましい…
これぞ、俺の憧れる放浪者の究極形ではないだろうか。
いや、ダメだ。。。
俺には愛する妻と愛猫がいる。
コッチ側に行く訳にはいかない。
その時だ。
妖精がムクッと起き上がり彼方の方向を指差した。
思わずその方角を向いた俺はハッと我に返り、また妖精を見た。
ニヤッと笑ってるようだった。
今朝のあれは何だったのだろう。
御徒町タイム14:00。
いつもの電話番を終えて、今日も秋葉原グランドラインを超える。
ほお、家系ラーメンか…
悪くない。
店内を覗くと、ほぼ全てのカウンター席が埋まっていた。
どうやら人気店のようだ。
俺の家系トレジャーは、侍らーめんと決まっている。
だが、たまには他の家系もいいだろう。
食券機で得ラーメン並をタップ。
どうやら全部乗せラーメンのようである。
麺カタメをオーダー。
店内のまごう事なき豚骨臭を胸いっぱいに吸い込みながら、提供を松たか子のように待つ。
そしてやって来た。
まずは命の源、スープをひと口。
ズゾゾゾゾォォォ…
ダイソンのような吸引力で啜る。
クリーミー!
だが。。。
ナット!ギルティー!
ノー!ソルティー!
まろやかだが、しょっぱくない。
侍らーめんの脳の血管が切れそうな、あの生命の危険を感じる背徳感がない。
隣に座ってるカップルの女が口を開く。
「ライスが欲しくなるぅー」
どこがじゃ、ボケェ!
お前は白飯をこのスープにドボンして、お洒落なリゾット風に喰らって翌日顔がパンパンになれば良い。
ハァ、ハァ…
取り乱してしまっている。
俺には流儀がある。
塩分濃度の濃い家系ラーメンのスープに白飯はいらない。
と言うか少女の胃袋なので食えない。
だが、ギリギリまでカラカラに渇いた喉に注ぎ込む一杯の水。
そして、思わず漏れるひと言。
水、ウメェ!!
その瞬間こそが至高なのだ。
酒井製麺の短い麺、九条ネギ、メンマ、海苔5枚、ほうれん草。
海苔にほうれん草を巻いて食べる。
万人に愛される味なのだろう。
美味い、フツーに美味い。
だが、ソルティーがない。
何度も言うが俺は偏屈なのだ。
「ごっそさん。。。」
店を出て、辺りを見回す。
秋葉原シティ。
このグランドラインを訪れる度に感じていた違和感。
穏やか過ぎる。
荒波がない。
常にさざなみしかやって来ない。
ハッ!
そうか、あの妖精は予言していたのか。
ここにはトレジャーがないと。
あの妖精が指した方向にまだ見ぬ大陸があるのか!
あの方向は恐らく東上野。
世話になったな秋葉原。
俺は職場のビルに向かって歩きながら、こう思う。
あの妖精のベッドマットは、シングルなのかセミダブルなのかと。
第二十四話へ続く