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御徒町エレジー第11話【あの日の侍ラーメン】


侍ラーメン


正しくは「横浜家系らーめん侍」


遡ること約15年前。


俺はブラック会社にいた。


明治通りの渋谷警察署近くにその会社はあった。


ブラック過ぎてスタッフの殆どが逃げ出し、潰れるまでの最後の3年間。



この地で生殺与奪の権利を名古屋出身のチンピラオーナーに握られ野良犬のような生活を送っていた頃。



約10年間勤めたこの会社の最後の3年間は明らかに経営が傾いていた。



ある事件があってから俺はオーナーの逆鱗に触れ、横領の濡れ衣を着せられた。



要は口減らしで、気に入らないヤツから順に給与を減らして傾きかけた経営を立て直したかったのだろう。



交通費支給なし、時給なし、完全出来高制。



客に入らなければ、一日の収入は0どころか、交通費マイナス。



人気のスタッフが優先的に客を取り、あぶれた最後の客が俺に回ってくる。



それまでは、外でチラシ配り。



あとはコインランドリーで客用のパジャマの洗濯乾燥。



そんな生活の中で唯一の楽しみ。

ラーメン。



明治通り沿いには当時色んなラーメン店があった。



チラシ配りをサボって食べた店。


「唐そば」


「中華そば 櫻坂」


「山頭火」


「味の時計台」


数え上げたらキリがない。


シケモクを吸うほど金がない中でチラシ配りなぞ一切せず、なけなしの金で道ゆくラーメン店を探して回った。



だが一つ問題があった。



いつ呼び出しの電話が店からあるか分からないのだ。



当時はiPhoneなんて高価で買えなかったから、格安のAndroidがいつ鳴り出すのかと怯えながらラーメンを啜っていた。



しかし、サボりながらラーメンを啜るスリル。



なかなか体験出来ない背徳感。



それがラーメンの味を一層引き立てていた。



だがここで、ポイントとなるのが注文から着丼までの提供時間。



有名店「つけ麺屋 やすべえ」での出来事。



つけ麺は太麺が多く、当然ながら茹で時間が長い。



その時、スマホに着信アリ。



「テメー、今どこにいんだ?」



オーナーからの着信。。。



ヒイィィィ〜



提供前にソッコーで店を飛び出しダッシュで店に帰った事がある。



つけ麺NG!ダメ絶対!



ここで得た教訓である。



ある日の夜21:00過ぎ、客のパジャマで膨れ上がったキャリーケースをガラガラ引きながら、コインランドリーへ向かう途中。



恐らく開業したての時期だったと思う。



緑に光る電飾の看板。



「横浜家系」


それが侍ラーメンとの出会い。



当時は家系ラーメンの知識がなかったので、今で言う「酒井製麺」とか「ほうれん草」「海苔」なんかの事は知らなかった。



ただ、店に客が少ないから提供が早いのではないかと思い入店。



恐らく初代店長であろうメガネの男性から。



「お好みどうしゃっしょ?」



お好みって何だ?



「ふ、ふつーで。。。」



着丼したラーメン。



ほうれん草と海苔、そしてスープは見た事がない色だ。



レンゲでスープをすくいひと口。



しょ、しょっぱぇ。。。



いや、カラいと言うのか。



家系ビギナーだった俺には衝撃的なケミカル感、ジャンク感。



合間につまむ、ほうれん草の旨いことったらありゃしない。



そして、海苔にこのスープをひたして食べる。



海苔に麺を巻いて食べる。



カラいけど、ウメェ。



これは中毒性があるラーメン。



たちまちこのラーメンの虜になってしまった。



何度か通う内に、麺の硬さとか油の量、味の濃さをオーダーするのが、お好みの事だと知った。



麺固めにすれば提供時間が早くなるという悪知恵を覚え、この店に週3で通うようになった。



ちなみにライスを食べてる時間はなかったので、無料で食べられたかどうかは一切覚えていない。



滞在時間10分くらいで店を出られる位がベスト。



今となっては超有名店なので無理だろう。



徐々に客が増えて来てサボって通う事が出来なくなった店。



それが俺の中の侍ラーメンだ。



そして、月日が流れ。



俺もフツーのリーマンになり、ランチ位は好きなのがいつでも食べられるようになった。



ブラック会社は潰れ、チンピラオーナーは埼玉の奥地で細々と暮らしているらしい。



そして先日職場からの帰り道。



東上野の裏路地で見つけた。



見覚えのある緑の看板。



横浜家系らーめん侍上野店。

ありがたい通し営業



当時のトラウマが一瞬フラッシュバックしたが、それを凌ぐ喜びがあった。



ただし、ここでまた一つ問題があった。



昼休みにここに来るのは距離が遠すぎるのだ。



御徒町の職場のビルから、ほぼ上野駅まで歩く事になると10分はかかる。



往復で20分。



店内が混んでたら、休憩の60分間で間に合うだろうか。



またもや時間との闘い。



いや、行ける。



侍になるのだ。



提供に多少時間がかかろうとも、5分で食べれば充分いける。



あの頃を思い出せ。



ネットで営業時間を調べたところ通し営業と書いてある。



遅めに昼休憩に出ればそんなに待つ事もないだろう。


午後14:05。



職場のビルを出たと同時にスマホのストップウォッチを起動。



戻れるか?



いや、それ以前に本当に通し営業なのか?



不安を感じながら、サスケのように忍者走りで店を目指す。


【営業中】の看板


良かった。


やっている。


だがタイムはどうだ。


タイマーは7分経過。


イケる!全然余裕。


流行りの電子マネー対応の発券機に手間取ったが、客は少ない。


全部乗せ1,250円を押す。


「麺だけ硬めで!」


高まる胸の鼓動を抑える。



「全部乗せお待たせしました」


キタ、キター!

全部乗せ1,250円


あの頃を思い出しながら、スープをひと口すする。



ああっ、どうしてこんなに…


ソルティー、そしてギルティー。



何てカラいんだ。



そして、チャーシューが旨い!
ホロッホロじゃねぇか!

キラキラ輝く鶏油とチャーシュー



そして、表面の油膜。


これは鶏油だ。


熱が逃げないからスープがいつでも熱々の状態だ。



渋谷で味わった時のものを何なら超えてきやがった。


半熟卵も中がトロットロの中川翔子だ。。。



それから、心ゆくまで具材をスープに浸した海苔でくるんで口へと運ぶ。


ソルティな口内を流す、合間に飲む水もうますぎる。



あっという間にたいらげ店を出る。


「ごっそさん」


口の中はベロベロに火傷したが、鶏油の膜で覆われているから大丈夫だろう。



だが、タイムはどうだ?



25分しか経ってない…



途中公園に立寄り、電子タバコをフカしながらこう思う。



週3で通えるな。。。



        第十二話へ続く

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