
御徒町エレジー第4話「時々無性に食べたくなる町中華」
午後1:30
ようやくピークのランチタイムから第一陣のスタッフが昼休憩を終えて戻って来る。
ヤツらが昼メシを食ってる間、俺は取引先の電話を優先的に取らなければならない。
いわゆる電話番ってやつだ。
電話が鳴るのを待つ間、PCをカタカタ動かしながら考える。
「今日の昼メシは何にしよう」
結局、職場のエレベーターを降りて職場のビルを出るまで何も思い浮かばない。
そんな時は一択だ。
「今日はあそこだな」
町中華。
豊富なメニュー。
定食から麺類何でもござれだ。
数多の料理の中からなら、今日食べたい物が見つかるだろう。
時刻は午後14:00前だ。
普通の町中華ならば、準備中になりそうな時間。
「いらしゃませぃ〜」
中国人のママが経営する町中華。
厨房の中のマスターも含め、スタッフが全員中国人。
正真正銘の下町のメイドイン中華料理。

ここは遅い時間に来店しても、一切嫌な顔をしない。
隅の方でスタッフが食事をしてても、雑談しててもそんなの俺は一切気にならない。
昼メシ食えればそれでいい。
どれどれ今日は何にしようか。
メニューを開く。


今日はちょっと疲れてる。
いつ連絡しても繋がらない取引先の担当者の行方を先々の外出先に麻薬捜査官のように電話で追跡して回った為だ。
結局は、捕まった担当者から
「あー、まだやってない」
そんな答えが返って来た。
ふざけんな!
俺の時間を返せ!
まあ、いい…メシ、メシ。
今日は酢豚だ。
番号で言えば5番だ。
甘酸っぱいタレが俺の疲れをきっと癒してくれるはずだ。
ここの酢豚はコンディションにバラつきがあるのがギャンブル性があって面白い。
油で揚げた豚のブロックが適度に弾力のあるナイスな時と、ゲンコツ煎餅のような歯応えの時があるのだ。
今日のはどっちだ。
俺は比較的自宅でも料理をする方だが、油で揚げた料理は店には絶対に敵わない。
火力が全然違うからだ。
カラッと揚がった豚バラにケチャップと黒酢を混ぜたトロミのあるタレ。
想像しただけで待ってる間にご飯待ちの犬のようにヨダレが垂れそうだ。
「おまっせしましたぁ」
おー来た来た。
どれどれ、今日の酢豚。

今日のは、いいタイプの酢豚だ。
俺レベルになると見た目で分かる。
さっそく一口、揚げたての豚の塊を口の中に放り込む。
ブッシュウゥゥゥ〜
肉汁が溢れる。
灼熱のような揚げた豚肉。
う、うっ、うっ
ダメだ、むせる。
ゴッホ、ゴッホゥゥ…
揚げた豚肉の湯気と黒酢の酸味で思わず咳き込んでしまう。
アチィ。
だがそれがイイ。
今日の酢豚はここ数ヶ月で一番のクオリティだ。
表面カリッとしていて、噛み締めると中は鶏肉のように柔らかだ。
玉ねぎとピーマンはシャキシャキ、にんじんはホクッとしてる。
何よりこの甘酢がウマイ。
これだけで白飯が食える。
そして、トロミのある玉子スープと小皿の麻婆豆腐、デザートの杏仁豆腐まである。

口の中は火傷と、衣のせいでズタズタだが心とお腹はいっぱいに満たされた。
そして、ママの気遣い。
「お久しぶりね。先週来なかったけど、元気だったの?」
ママはお話し好きなので、一度会話が続くとこっちが食事中でも止まらなくなるので適当な合槌を打つ。
だが、苦手な訳じゃない。
遡ること、昨年のバレンタイン。
俺に唯一のチョコレートをくれた人。
それがママだ。
俺は受けた恩は忘れない。
これからも俺は通い続ける。
夏場は冷やし中華をよく食べた。
有難いことに、醤油とごまダレを選ぶことが出来る。
気をてらう事のない想像通りの味のよく冷えた冷やし中華。
中華街にしかないと思っていた円卓をクルクル回しながら待つ。

こちらが冷やし中華。

ただひとつ難点がある。

炒飯の味が若干薄いのだ。
そして、この炒飯を食べながら思うのだ。
「炒飯食いてえな」
会計を済ませてママにお礼を行って店を出る。
次は炒飯だ!
第五話へつづく