球場をわたる風

テレビをつけたら,偶然ふるさとの高校野球地区大会決勝戦の中継だった。野球に興味はないけれど,中継画面から響くセミの鳴き声に聞き入るうちにチャンネルを変えられなくなった。

コロナウイルス流行のために観客席はがらんとしている。ブラスバンドが演奏する応援歌も観客の声援もなく,中継と解説の声にミンミンとセミの鳴き声がかぶる。

たぶん,これは実家近くの球場だ。

両チームの予選から決勝までの試合結果が画面下に表示される。私も知っている高校名。友人がいた高校。私が受験しようとした高校。

たまに映し出される球場のフェンスの外に,街路樹が見える。あのあたりは住宅や畑が多い地域だった。私が住む街と違う,緑の香りを含んだ乾いた風が吹いているはずだ。


昨夜の実家の母との電話を思い出す。

いつも母は一方的に話す。父のこと,兄のこと,近所の人のこと。相づちを打つのがやっとで,こちらが話す隙はない。

私の話しを聞く気がない様子にいらついて,切ってしまったのだった。


テレビ画面の中ではエースで4番の活躍で追加点が入った。チームメイトの歓声が上がる。


コロナの影響でこの夏は実家へ帰っていない。コロナがなくても恐らく実家には帰らなかっただろう。もうここ何年も,正月は実家の最寄りの繁華街で食事をするだけだった。父はたまに顔を出せと言うけれど,母は家に人を迎えることが面倒らしい。

本当は,昨日の電話で夫の様子を話したかったのだけどな。

病気になったことも病人の看病もしたことがない母には,私の状況は想像もできないのだろう。


競った試合は終わった。選手が整列してお辞儀をして球場を去っていく。

セミの鳴き声はさらに大きくなった。

風は球場の空を渡っていく。


窓の外の青空を見上げる。

球場の風はこの街まで届くだろうか。

ふるさとに帰れるのはいつだろう。

母にわかってほしかった私の幼さと,それを受けとめられない母の老いと。


次の週末に,また母へ電話をしよう。

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冴子
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