車を手放す
うちの車は10数年前に買った軽自動車。夫がある車種にこだわり、新車で購入した。車に関心がなく、当時免許を持たなかった私は、車選びは任せきりだった。
無骨なマニュアル車。
我が家では車種に君付けで呼んでいた。
私は車を購入後に免許を取り、駅までの送迎くらいは乗っていた。でもどうにも運転には慣れず、ギアを変えるときにギアを見たくなって前方不注意になるし、車を運転するたびに緊張で喉がカラカラになる。次第に車を運転することはなくなった。
夫も運転は好きではないので、週末のお酒の買い出し程度でしか乗らないくせに、この車には愛着をもっていた。
だから、棺にもこの車のおもちゃを入れてあげたのだった。
夫が亡くなった後、車をどうするか迷い続けていた。
娘が乗ると言ってマニュアル免許を取ったのだが、やはり乗ることはなかった。
私も一時期は練習しようとしたのだが、事故を起こしたときに子どもたちがどうなるかと考えると、ハンドルを握れなくなってしまった。
踏ん切りがつかぬまま、車検に出し、保険もかけてきた。
2年が経ち、ようやく手放すことに決めた。
大手中古車販売の駆け引きめいた買取交渉に嫌気がさし、この車種を専門に扱う販売店に引き取ってもらうことにした。
たった15分程度の道のりだが一人で運転する自信がなく、娘に同乗をお願いした。
冬晴れの日。
いつものように喉をカラカラにして、最後のドライブ。
寡黙で真面目そうな車屋の2代目店主に委ねて、さよならした。
夫は一度手に入れた物は手放したがらなかった。本も服も車も。
それは年々ひどくなり、病的でもあった。たぶん物をでこの世界につながれると思っていたのだろう。
もう、彼は物への執着から自由になっただろうか。
いや、とっくの昔に彼は自由になっていたのだろうな。
とらわれていたのは、私だったのかもしれない。