夕暮れのガラス窓を磨く
怒涛の3日間だった。
オットはがん治療を中断し,在宅で緩和ケアに移行することになっていた。
明日はオットの退院という日,事務連絡で病院へ電話をしたら「実は奥様…」と昨夜のオットの様子の報告とともに,今晩付き添いで私に病院に泊まってもらえないかとの提案がされた。”せん妄”のような状態が激しいという。午後の在宅医療機関との面談を終え,タクシーでいつもは使わぬ高速を使い,病院へ。
初めて付き添い泊は,20分ごとにオットに起こされ,まとまって眠れたのは朝の5時から7時ごろだっただろうか。寝不足でふらふらしながら退院の荷物を持ち,初めて乗る介護タクシーで家へ向かった。
介護タクシーはマイクロバス程度の大きさだ。いつものタクシーより1段高い目線で見る病院からの帰り道。恐らくこれが見納めだ。その感傷を分け合うはずのオットは,リクライニング車いすの上で夢と現の間を彷徨っていた。
自宅に帰り,疲れすぎて昼食を摂る気になれず荷物を整理しているうちに,午後の打ち合わせタイムになってしまった。在宅介護のケアマネさんと在宅看護師さんが到着,続いて在宅医療の医師と看護師も到着。5名のスタッフとオットと私というプロジェクトチームが勢揃いし,名刺交換,書類のサイン,病院の投薬の確認,追加の薬の処方,そして明日以降の看護の方針をすり合わせる。
親の介護の経験もないのに,いきなり在宅介護・在宅看護・在宅医療の三つ巴の生活が,こうして始まった。
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看護師さんのアドバイスに従って部屋の環境を整え,介護用品を購入し,初めてのシモの世話でパニックになって時間外に在宅看護を呼び出し…。
こうした実務的なことの一方で,子どもたちへの説明とケアという問題にも直面した。
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今日も一日があっという間に終わった。
オットに空が見えているのか最早わからないけれど,せめてベッドからきれいな空を見せたくてガラス窓を拭いた。群青の闇に街路樹の影が揺れていた。