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サヘル・ローズ監督映画『花束』



本人に面と向かって言ったことはないけれど、私がひそかに「令和のナウシカ」と呼んでいる女性がいる。

女優のサヘル・ローズである。

彼女の特殊な生い立ちとその壮絶な人生については、テレビを見ない私よりも今これを読んでいるみなさんの方がよほど詳しいと思うのだが、初めて彼女に会ったのは一年前の夏の北海道、私が企画の段階から関わっていた、今東宝系で公開中の映画『シサム』の撮影現場だった。

復讐に囚われた孤独な女、という難しい役どころだったせいだろう、彼女は撮影中ほとんど他の演者と交わらず、いつもひとりでぽつんとフキの林の中に立っていた。

おせっかいな私はそこへノコノコ歩いていって挨拶した。

「こんにちは」

するとおそらく無人島に長年置き去りにされていたような精神状態だったのだろう、1分と経たないうちに彼女はポロポロ泣き出した。

驚いた。

そのとき抱いた率直な感想は、

「この人、この感受性で今までどうやってこの業界で生きて来たんだろう」

だった。

とにかく、何事にも全力で、嘘がいっさいないのである。

よく天然とか無邪気とか言われている女性のほとんどは作為で、みんなに優しい女性ほど、その下にはすごい意地悪を秘めていたりする。そうでなければ、人によく思われたいという承認欲求やら強迫観念やらを人一倍持っているかのどちらかだ。

だからサヘルに最初に会った時も、私は彼女のそのあり得ないほどのホスピタリティに警戒した。
そんなわけあるもんか、芸能やっててこんなに親切な人がいるわけがない。これはきっと彼女の生存戦略、プライベート空間ではきっと別の顔があるはずだ。

ところが、そんなものはなかった。
彼女は正真正銘オンとオフの垣根のない、世にも珍しい言行一致型の人間だったのである。

そんな彼女がこのたび初監督映画を撮ったというので、先日、ご招待をいただいて渋谷まで行ってきた。

タイトルは『花束』。
児童養護施設の子供たちを何年も追った、ドキュメンタリー映画である。

そして映画を観終わったあと、私はしばらく何もすることができなかった。

以下は、私がその晩彼女に宛てて書いた手紙である。

さっちゃん

映画、本当に良かったです。
いい意味で裏切られました。
私てっきりもっとドキュメンタリーな映画だと思ってたんだけど、全然違ったね。
ちゃんとサヘルの芸術作品になっていて驚きました。
しかも、なんと美しい...

風の強い晩の公園での2人の会話。
場面転換に挟まれる雲間の月。
俯瞰で見る、どこまでも遠くまで続いている海岸線。
思わず見入ってしまった聖劇。

どれもこれも、なんであんなに既視感があるのかな。

色があると答えが提示されてしまう。
モノクロだと人がいろいろ考える。

さっちゃんアフタートークでそう言ってたけど、昔の映画がイマジネーティブなのはそういうことなのかと気がついた。

そして画面がカラーになった瞬間、どうしてか泣いてしまった。
なんかこう、とてつもなくありがたいものに赦された気がしたの。
他の人もそうだったみたいで、その瞬間、会場のあちこちからすすり泣きが聞こえてきました。

出演者の子たち、みんな演技うまいんで驚いた。
きっとみなさん、実生活が演技みたいなものだったんだろうね。
私も施設育ちじゃないけど、わりとそんな感じで育ってきたから少しだけわかります。
毎日が緊張に次ぐ緊張の連続で。
気の休まる暇なんてない。
だけど、そんな彼らに表現をさせることで解放する、なんて発想、絶対に経験者のサヘルからしか出てこないよ。
しかも、きっと最小限の演出しかしてないだろうし。
かさぶたをはがして人に見せる、という表現、心に刺さりました。

あんな凄い映画、あなたにしか撮れない。
しかも、何度も言うけど美しい。
センスがいいとか、そういう次元の話じゃないの。
スクリーンから、さっちゃんの愛と癒しの波動がじわじわ伝わってきて、そんな経験したことなかったので映画ってすごいなと思ったよ。

私も頑張らなければなと思いました。


正直言うと、上の文は私が映画を観て感じたことの100分の1も表現できていない。

どうやって書いたらいいか今もわからないが、私にとって映画『花束』は、

スクリーン上に流れてゆく物語とはまた別に、
作り手の波動みたいなのが重低音のように流れてきて、
それが身体にビリビリ伝わり、
まるで宮沢賢治の『セロ弾きのゴーシュ』のインドの虎狩りの演奏みたいに、
それによってどういうわけか身体と心が癒される、

という、

映画鑑賞としてはあまりにも特殊な、身体感覚を伴う不思議な映像体験だったのだ。

まるで、サヘルという人の心象風景を体感つきVRで2時間見せられたような感じ。
しかもそれが、涙が出るくらいありがたくて心地良いのである。

こんな世にも不思議なこと、映画ってできるんだ。
こんなことは初めてだったので、本当に驚いた。

だから皆さん、この映画『花束』はぜひとも観に行ってみてください。

私がどうにか上手く説明しようとしてもがいたものが、きっと体感できると思います。

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