ボク、ボランティアでババアと付き合ってます
大変ご無沙汰しています。
ここ数ヶ月のあいだは文章を書くことから遠ざかり、とある映画に役者として参加させていただいておりました。
その、撮影現場で一緒だった女優さんに誘われてお邪魔した飲み会に、マサト君というそのイケメンの若い男の子はいました。
マサトはね、歳上の女性が大好物なんですよ
マサト君は、戦隊モノの変身前みたいな風貌の男の子で、生まれたのは阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件が起こった年です。
役者としてのキャリアはまだそんなにないそうで、でもモデルとしては結構有名で、いわゆる男性向けファッション誌のなんとかボーイというやつでした。
「初めまして」
私の正面に座ったマサト君は、身長180センチの王子さま顔で、目なんかもう生まれたての子鹿みたいにキラッキラしています。
「ととのってますねー」
と、サウナ女子みたいなボケた台詞をつい口にしてしまった私。
なぜならこんな、渓流を泳ぐ川魚みたいなさわやかな男の子と何を話せばいいのかわからなかったからです。
一体なにを食べればこんなに手も足も長く生まれつくのだろう。そんなことを思いながら、そのとんでもなく長い手足をほれぼれと眺めていたら、隣にいた別の役者さんが私に向かって言いました。
「ねえ佐伯さん、マサトはね、歳上の女性が大好物なんですよ」
はい出ました、「飲み会で返答に困る流れ」の定番です。
こんな時、私のような立場の者はどんな顔をすればいいのでしょうか。
ヘンゼルとグレーテルを前にした魔女のおばあさんの顔か、いやそれとも、イヤーンと両手で顔を覆い、指の間から物欲しげにチラ見でもすれば許してもらえるのか。
「笑えばいいと思うよ」という碇シンジ君の声が頭に響いてきそうですが、困ったことに、私はこの歳にしてなお筋金入りのファザコン。
そう、あの世界最長寿者としてギネスブックに載った泉重千代さんがインタビューで語ったのと同じ、この歳になってもまだ、
「好きなタイプは歳上の人」
なんです。
そんなこんなでモジモジしていたら、次の瞬間、マサト君が私をじっと見ながら言いました。
「ええ、ボク、今もボランティアで50過ぎのババアと付き合ってるんです」
へ?
今、ババアって言いました?
思いがけず飛んできたのはメガトン級の飛翔体。
日本海をかるがると越え、一気に形勢逆転です。
ババアのくせに生意気なんです
「ボランティアって、どういうことです?」
こみ上げてくるものをぐっとこらえ、私は、つとめて平静に明るくマサト君に訊ねました。
すると、
「ええ、相手は同業者の大御所の女性なんですけど、最近、なんかラインが来るんですよねー」
それから彼はスマホをとりだし、その大御所の女優さんとのLINEのやりとりを嬉しそうに見せました。
「ほら、すごくないですか? 」
そこには私でも名前を知ってる名の知れたベテラン女優さんの名前がありました。
その女性が、八百屋お七ばりの恋に狂ったテンションを見せています。
「ね、すごいでしょ」
「はあ」
「ちょっと連絡しないと荒れちゃって、もう大変なんですよね」
「はあ」
その後も王子さまみたいに涼しげなマサト君のその口から、次々と無邪気かつ冷酷なワードが出てきます。その温度差の恐ろしさ。口調のはしばしに「ババアのくせに生意気なんです」と言わんばかりの侮蔑がにじみ出ています。
その大女優さんの選球眼の甘さを気の毒に思いながら、私は、やっとの思いでマサト君にむかってまた訊ねました。
「あなた、その人のこと好きじゃないの?」
「好き? どういう意味です?」
「だからその、恋とか」
「なわけないじゃないですか。あんなババアと。ボク、ちゃんと彼女いますよ」
「でもそんなの、彼女にだって悪いじゃない」
「そんなことないですよ。だってババア、会うと仕事くれるんですから。それにボクの彼女だって、ボクが売れないよりは仕事あった方がいいと思いますよ。まあ、もちろん彼女は大事ですから内緒にしてますけどね」
「ブス」と「ババア」の2ワードを口にする男性は信用するな、とつねづね思っているのですが、その瞬間、私にとってマサト君は「ダメージを与えてもいい人」になりました。
私はすうと息を吸い、マサト君にむかって言いました。
「ああ、だからだ」
「は?」
「さっきから不思議に思ってたんだけど、あなた、だからそんなに顔もスタイルもいいのに売れる感じがしないんだ」
「ええ?」
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