見出し画像

「こうやって投げろ」はもう古い! 投手コーチングの新たなカタチ 書籍の仕事まとめ#13 林卓史さん著『スピンレート革命』

投手の投げた球を機械で計測して、球速や球質を数値化するーー。今でこそ当たり前になったこの手法の先駆けとなったのが、2019年1月に発売された『スピンレート革命』です。

著者は、林卓史さん。当時は慶大の助監督として、投手陣を指導しておられました。

2017年2月から、コーチングに計測機器『ラプソード』を導入。慶大投手陣を「東京六大学リーグNO.1の投手王国」と評されるまでに育て上げました。

そんな林さんがご自身の理論と指導経験をさらけ出した、渾身の著書です。


球速と回転数を上げれば投球が変わる


打者が打ちにくい球は、どんな球でしょうか?

速い球? 鋭い変化球? コースいっぱいに決まる球?

林さんの答えは、「球速が速くて、回転数が多い球(より正確に言えば回転が多く、回転軸の傾きが球の進む方向に対して直角に近く、かつ地面と平行に近い球)」です。

林さんは、その理由をこう説明しています。

「球速が速いと、打者が球を判断する時間が少ないので、当てずっぽうで振ってしまいやすい。また、回転数が多く、回転軸の傾きが球の進む方向に対して直角に近く、かつ地面と平行に近ければ、軌道が予測しにくい」

言いかえると、「速さによる『当てずっぽう』」×「回転数が多く軌道が予測しにくい『当てずっぽう』」=打ちにくさ です。

「投手はこの球を目指すべき」と林さんは言います。


球速が速くて回転数が多い球を投げるには?


では、その「球速が速くて回転数が多い球」を投げるには、どうしたらいいのか?

この本には、その答えそのものは書かれていません。

え? 書かれていない? なんで? それが知りたいのに!

そう思うのは、ちょっと待って!

林さんは言います。

「こういう投げ方をすれば上がりますよと言い切りたいところですが、その投げ方が本当に誰にでも当てはまるかどうかは疑問です」

だから、この本には「こういう投げ方」は書かれていないのです。誰にでも当てはまる部分についてのみ、言及されています。


現在地がわかれば選手は工夫できる


林さんが指導において重要視しているのは、何なのか。

それは、「数値を測って、選手にフィードバックすること」です。

「こうやって投げろ」と型にはめることは、しません。

ラプソードで計測することで、選手に「君は今、ここにいるよ」と現在地を示す。

現在地から目的地にたどり着くには、その人に合う方法があります。100人いれば、100通りかもしれません。

選手が「Aをやったら、こうなった」「Bはダメだった。それなら、Cはどうか」と試行錯誤して、自分に合う方法を自分で見つけるように導く。

見守りながら、方向が逸れてしまいそうになったら、軌道修正を図る。

それが指導者の仕事ーー林さんはそう言います。

つまり、フィードバックコーチング。これこそ、林さんが慶大を投手王国にしたコーチングの「軸」です。


論より証拠 


林さんは、研究者です。投球や投手育成についての論文を、数多く執筆されています。

林さんの「論文」を、いかにわかりやすく、とっつきやすい本にして、読者のみなさまにお届けできるか? 

それが、この本で私が果たすべき役割でした。 

そこで、林さんには、理論はもちろんのこと、実例をたくさん挙げてもらいました。

論文では、被験者がアルファベット表記で仮名になっています。それを実名で出してもらえるようにお願いしました。

佐藤宏樹投手(福岡ソフトバンク)、高橋佑樹投手(東京ガス)、関根智輝投手(ENEOS)といった投手たちを、どう指導したのか。

実際に彼らが計測した数値を挙げたり、野球ノートに書かれた内容を掲載したり……。

正直、「丸裸になってください」と言っているような、無理難題でした。

しかし、慶大野球部の強力なバックアップのおかげで、「論より証拠」が実現しました。

いろいろな投手のエピソードをたくさん掲載したことで、この本のレビューには「部員の紹介」「選手名鑑」という評価もあります。

しかし、「エピソードを通して理論が書かれていたので、勉強になった」との評価もいただいています。

何より、難しいテーマを扱った本書は三刷されました。つまり、「売れた」のです。その実績が、この本の評価を物語っているのではないでしょうか。

本書を手に取って、データに基づいた投手育成の世界に触れてみてください。

指導者の方にとっては、選手を効果的に指導するための新たな視点や具体的な方法論を学ぶことができると思います。


なお、本書の続編、最新版といえる本『球速の正体」が2023年11月に発売されています。私の仕事ではないのですが、ご紹介します。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?