MITブロックチェーン講義、第6回「スマートコントラクト & dApps」まとめました
米国マサチューセッツ工科大学(MIT)は、2018年に開講したブロックチェーン講義「Blockchain and Money」を公開しています。全24回の講義は、すべてYoutubeで視聴できます。
講師は、現在SEC委員長を務めるゲーリー・ゲンスラー氏です。本記事は、第6回目の講義「スマートコントラクトとdApps」を紹介します。
本講義はスペシャルな内容でして、ローレンス・レッシグ氏との共同講義です。MITそしてアメリカの底力を感じざる負えません。
レッシグ氏は、アメリカ法学者、ハーバード大学の教授です。これまで執筆した本は数多く、なかでも有名なのは「Code」でしょう。
レッシグ氏は、本書のなかで「コードは法である」と述べています。この言葉は「THE DAO事件」のときにイーサリアムの思想として引用され、みなさんの記憶にも新しいと思います。
スマートコントラクトを簡単に説明するならば、「お金を入れたらジュースが自動的に出てくる自動販売機のような仕組み」です。しかしこれはほんの一部を説明しているだけです。
スマートコントラクトには、とても大切な、契約法の観点から知るべきことがあります。スマートコントラクトが日常生活で当たり前になる将来に備えるため、そしてリスクを把握するためにも本講義はとても参考になります。
講義の後半部分、レッシグ氏のパートをまとめました。
契約とは
スマートコントラクトのコントラクトとは、契約という意味です。はじめに契約の定義を理解しましょう。
Contract is a promise or performance given in exchange for promise or performance.
契約とは、約束または履行の引き換えに与えられる約束または履行である。
始まりからややこしい文章、日本語ではもっとややこしいのですが、契約の定義は、下記の通り4つに分解すると分かりやすくなります。
1)Promise given in exchange for promise.
(約束の引き換えに与えられる約束)
例:あなたが明日オペラを歌うと約束したら1万ドル払う約束をする。
2)Promise given in exchange for performance.
(履行の引き換えに与えられる約束)
例:今あなたが歌を歌ったら5ドル払う約束をする。
3)Performance given in exchange for promise.
(約束の引き換えに与えられる履行)
例:私が歌ったら払うとあなたが約束するならば、歌います。
4)Performance given in exchange for performance.
(履行の引き換えに与えられる履行)
例:あなたが5000ドル払ったら、歌います。
これが、デジタル契約に使われる契約です。
契約で考えるべきこと
契約において考慮するべきことは、4つあります。
1)契約には明示されていない、黙示的な条項が含まれている
2)国家による法令とコードによる法は必ずしも一致しない
3)スマートコントラクトは法的基盤を代替する
4)あいまいさの価値はスマートコントラクトで活かせない
1) 契約は明示的な条項のみでなく、黙示的な条項(Implied terms)を含んでいる
論点を理解するため、はじめに「自動販売機」を考えてみましょう。
100円入れたら、ジュースが出てくる。これは、契約の定義で説明した4番目の契約「Performance for performance」です。履行と引き換えに履行される、物理的な契約マシーンです。ここでは約束は関係ありません。
自動販売機を使えば、ジュースを配るため渡り歩く必要がなくなるという、配達コストを削減させることができます。取引コストの削減は、自動販売機のようなメカニズムを採用するインセンティブになります。
さて、この契約をもう少し掘り下げて見ていきます。自動販売機に設定されている契約の条件は何でしょうか?
あるものは明示的に示しています(英語ではExpressという表現を使います)。例えば、押しボタンの上に100円と書いてあります。100円払えば、ジュースが出てくるという意味です。
しかし、契約にはこのように明確に記載されているものだけでなく、黙示に伝えているもの(英語ではImplied)、たくさんの黙示条項(Implied terms)が含まれています。
100円入れたら腐っていないジュースが出てきます。このようなことは自動販売機の本体に書かれていません。これは契約によって決めなくても、ジュースという売買の対象物について、売主に課される法令があるということです。
黙示条項についてさらに考えていきましょう。上の説明の通り、黙示条項には法令を根拠とするものが含まれています。契約書作成にあたってはこの様な法令を意識しなければなりません。以下、詳しく説明します。
契約には約束者(promisor)と被約束者(promisee)の契約当事者が存在するだけでなく、もう1人の当事者として州(State)が常に存在すると理解しておくべきです。(日本だと州ではなく、国になります。)
州が気にすることは、4つあります。
1つ目は、契約の種類です。例えば、テーブルを売ることはできますが、人身売買は禁止されています。
2つ目は、契約の効果です。例えば、ある会社がある契約によって破綻することが確実であるならば、それは州の関心事になります。
3つ目は、契約条件です。例えば、最低賃金以下の労働です。
4つ目は、州にとって最も関心が高いことであり、重要視することは、税金です。どのタイミングで課税できるのかなどです。
2) 国家による法令とコードによる法は必ずしも一致しない
第2のポイントとして、契約の条件について掘り下げていきます。
法律が求める契約条件が、テクノロジーによって破られたりすることがあるということを見ていきます。例として、著作権法をとりあげて説明します。
著作権法では、もしあなたが何かを作ったならば、あなたは独占的な権利を有することになります。その権利は一定期間(米国では人生プラス70年)得ることができます。そして公正な使用(フェアユース)は著作権侵害に当たりません。
次に、DRM(Digital Rights Management)について考えてみましょう。DRMとは映画や音楽などデジタルコンテンツの著作権を保護するために複製などを難しくする技術です。DRMは、著作権法上の「一定期間」という制限を消し去ることができます。例えば機械の寿命は人生プラス70年よりも長いあるいは永遠と言っても良い。公正な使用という制限も消し去ることができます。映像のリッピングはとても難しくなっています。例えば、ディズニー映画の画像をたった2秒だけ切り抜くのも非常に難しいです。
つまりは、コードは法になるのです。コードは制限なく、あらゆる条項を組み入れたり、消したりすることができます。コードによる法は、国家が定める法令に準じていない場合があるのです。
スマートコントラクトへ向けられる最大の懸念は、国家の法令を逃れることができる取引を可能にすることです。そこで国家に問われるのは、どのような方法で介入していくかということになります。深堀りする前に 3番目のポイントを説明します。
3) スマートコントラクトは未整備な法的基盤を代替する
第3に、契約法の目的について考えます。契約法の目的はリスクをなくすことではありません、リスクを配分することです。契約法は、誰がリスクを負っているかを明確にします。そうすることで、何をするべきか考えることができます。
ここでのポイントは、配分は契約違反を処理できる法的基盤が存在するときのみ重要になるということです。以下、詳しく説明します。
例えば、9月1日にとうもろこし一袋をUS$3.50で売る、という契約を考えましょう。この契約は価格変動リスクを配分します。あなたが農家で、とうもろこしの価格が3ドルに下落するリスクがあると思うならば、契約を締結するでしょう。次に、あなたがとうもろこしの買主だとします。あなたがとうもろこしを購入した後、とうもろこしが届かない場合、それは売主による契約違反です。その時点では、あなたは契約を強制執行させることができる場合にのみリスクは再配分されます。そのためには法制度が必要になります。
法制度が整備されている国では、契約が履行されないときは、裁判所へ案件を持ち込み、契約を履行せよ、損害賠償せよと言えば良いんだ、そんなことは当たり前だと思うかもしれません。一方で、発展途上国では法体系がきちんと発達していない場合があるということを認識しておくべきです。
ブロックチェーン技術やイーサリアムは、技術の基盤を提供します。(ここで言う技術の基盤は、法的基盤と対比した言葉として使っています。弁護士や裁判官を必要とせず、コードのみを必要とする基盤という意味です。)法体系が整備されていない発展途上国の人々にとっては、スマートコントラクトを法的基盤の代替手段として利用することができます。つまり、スマートコントラクトの価値は、未整備な法システムを代替する手段になる、ということです。
4) あいまいさの価値はスマートコントラクトで活かせない
契約法による契約には、あらゆるあいまいな部分を含んでいます。ここでポイントなのは、しばしば、このあいまいさは価値がある、ということです。
例えば、ある契約交渉をしている場面を想像しましょう。そこには、もし何とかならばという検討事項が何百あるいは何千もあるとします。例えば、隕石が落ちたら、など。例えばその確率は0.002%だとします。このほとんど起こり得ない事項について、こだわって、しかも時間をかけて交渉し、挙句の果てには契約破棄になるというのは、馬鹿げています。契約法では、あいまいな部分をそのままにしておきます。つまりあいまいな部分は起こらないであろうと、ある意味でギャンブルしているのです。
さて、0.002%の確率が、実際に起こった場合はどうするのか。裁判官に判断してもらうのです。ポイントは、事前に条件交渉はしないということです。裁判所を使って、事後的にあいまいなところを処理するのです。
ここで一つの疑問が湧き上がります。すべてのあいまいな条項を組み込んだ契約をスマートコントラクトで実行するとどうなるのか。例えば、すべての条件をプラットフォームに組み入れて構築する必要がある場合などです。
スマートコントラクトは取引コストを削減するとはじめに説明しましたが、以上のようなケースではコスト増加となる可能性もあります。なぜならば、事前に交渉すべきあいまいな箇所が明確になり、それらをすべて解決しなければならないからです。
本講義の感想
スマートコントラクトは、ブロックチェーン技術を使うことにより、多くの人が確認できるようになり、より透明性が高まるというメリットがあります。また人の手を介さずとも、契約の履行を自動的にできるため、取引コストを削減させます。法システムが未整備な発展途上国においては、スマートコントラクトは法的基盤を代替する手段として可能性を秘めています。
一方で、スマートコントラクトには課題もあります。レッシグ氏は、スマートコントラクトに携わる人たちは、法システム全体を考えて、スマートコントラクトを設計していないのではと懸念します。また同氏は、法律家は、法のコードを読むのと同じ様に、スマートコントラクトのコードを読むことができるようにすべきと説きます。
今回のテーマは、スマートコントラクトでしたが、そこにはコードが大きく関わっていることが、よく判りました。「Code is law.」=「コードは法である」という意味が少し見えてきた感じです。
おそらく、もっと深い理解ができるのは、レッシグ氏の著書「Code」が参考になるのではと思います。スマートコントラクトやDAOに関わっていくならば、必読書と思われます。しかし、これがまた難しい本でして、何度も同じところを読み直したりしていて、まだ読破していません。近いうちにまとめ記事を書けるように、頑張ります。
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