【夢月物語】 孤城落日、花の園
孤城落日に花の園在り。華族の凋落の様を我が身とするか。季節の移ろいに添いては華と咲き、地に散りては華塵となり朽ちゆく。
耐えて山茶花、待ちわび椿。白粉の雪を纏いては、咲きし花も散りし花びらも、石畳に玉砂利に紅を斑に咲かせては、地を華屏風とや美粧する。
ぽとり、ひらはら。ぽとり、ひらはら。華族の凋落、最期の華宴よ。
奥ゆかしきかな梅の花、恥じらい秘めたる初の期なりや。
豪華絢爛華々しくも、刹那の華よ桜やさくら。地に水に、花びらの帯や花筏。栄華盛衰、刹那の運命よ。誰にも見られぬ刻だとて葉桜なりて巡るや巡る。孤城に在りてもみやびに咲きゆけ、永久の華よと宴花。刹那せつなの春の夢よと、朧月夜に夢のあとさき。
庭に響くは鹿威し。翡翠の池にて錦鯉。朱の橋に青紅葉の雅なる景。
柳に幽霊見たりとな。障子に葉陰と同じよと、風の悪戯甘く見て、酔狂に飲めや歌えや踊れやと、狂喜乱舞の愚者の宴よ。柳に翠雨の滴るを眺めては、暗雲に翳る景に独り泣く孤情。
華と憂いを纏いては、雨と織り成す花語り。
躑躅の情に絆されて、誘い酔わすは藤の花、忍んで耐えるは花菖蒲。移ろいやすきはこころも同じと、紫陽花の色に濡らす片袖。
天の川にて願いし栄華も、百鬼夜行の笑い種。道楽者は地に堕ちて、衰退の一途を辿りゆく。果ては女と無理心中、涙も喪い枯れ紫陽花。座敷わらしが撫でる髪。
華族の凋落、閑古鳥。衰退した華族になぞ、誰も寄りつかぬ寄りつかぬ。
なれど、花は華と咲く事を諦めぬ。
大輪を陽に咲かさんと微笑み続ける向日葵。凛と涼やかに咲きては、月に逢うという儚き夢を抱き続ける朝顔。疑念の情を膨らませ、永久の愛の真意を問いゆく桔梗。花火の如くに弾けて咲きたるは、真意への賛歌か労いの喝采か。
否、花はただただ移ろいて華と咲いて花と逝くだけ。
冬花、春花、夏花……秋花は言わずもがなかと、敢えて述べますまい。
悲愴、寂寥、侘しきことはご承知の通りかと。愁いを述べるは野暮というもの。敢えて述べぬが寄り添いの意。錦にて隠密、果ては黙して死人花。血の紅色、生きた証を孤城にて揺る。
しかし、花は花なり、人は人なり。
重ねても映しても、花は己れの華の為に咲きゆくだけなり。
孤城落日に花の園。
巡りて桜や華の宴とばかりに咲き乱れる。
─ 了 ─