【短編】 晩秋の紅葉―ちにこころに―

色染まりし紅の葉うるわし
古都の晩秋に唐紅とはこれ如何に
晩秋の風にひらはらり
紅葉や降り散る

見事なまでに染め燃ゆ紅葉を眺めるふたり。
「唐紅でございますわね」
「そうですね」
「見事なまでに真っ赤に燃えてますわ」
「確かに一面真っ赤ですね」
「まるで血を這わせたみたい」
驚いた顔で男が女を見る。
「血とはまた怖い事を仰られますなぁ」
女は小首を傾げる。
「怖いですか?」
「えぇ。やはり恐ろしく感じます」
「あれほど燃えている命を見て、滾る血を想うのはおかしな事でございましょうか」
「しかし、やはり血というのは生々しすぎます」
「紅葉も立派な生き物でございましょう? 燃える赤を見て血を想うは、ごく自然な事かと」
「それでは貴女は、あの紅葉が真っ赤に染まっているのは、血の色だと仰るのですか?」
「あくまで滾る血の色でございますわ。滾っていなければ、燃えている命の色にはなりませんもの」
男が小首を傾げた。
「晩秋に唐紅とはこれ如何に」
男が怪訝な顔で女を見る。
女がクスリと笑ってから告げる。
「暮色に染まる前の最期の意地なのでございますよ」
女が真っ赤に燃える紅葉を愛おしげに見つめる。
「枯れ朽ちていく我が身を思いながら、懸命に血を滾らせて存在の証を刻んでいるんですわ」
「……」
「ちにこころに」
女が射るように男を見つめる。
「紅葉は女の情念に似てるやもしれませんわね」
男は思わず生唾を呑み込んだ。
赤いまま地に落とされた紅葉を女は一枚拾い上げ、指でくるくるまわす。
「無情に落とされたのね。可哀想に」
「……」
「まだこんなにも想いを滾らせているのに」
ほら、と男の眼前にそれを持ってくる。
男は一歩後退り、唇を震わせる。
「あらあら。ご覧になって」
男の足許にある散り落ちた紅葉たちを眺めながら女が呟く。
「散り落とされ捨てられた女の情念たちが、こんなにもたくさん」
「……」
「あぁ、何と無惨な」
「……」
「あぁ、何と嘆かわしい」
女は悼むように悲愴を浮かべ、地に喘いだ。
「あぁ……あぁ」
女の異に、言い知れぬ悪寒が這う。
ぞくり。
肌が粟立つ。
やがて男にはそれらが、あるものに思えてならなくなった。
男がかつて無惨に捨て去った女たちの遺恨の化身に……。
それらが吐き出した血が、男の足許で蠢く。
貶められた錯覚に、男は浸蝕されてゆく。
「さぁ……どうなさいます?」
女が鋭い眼光で男に詰め寄る。
「また、お捨てになるつもりですか?」
男は凍りついたように動けなくなる。
「さぁ……さぁ」
凍てつく身体、這い上がる血、想い。
「す、すまなかった。許してくれ!」
目を瞑り、懸命に何度も叫ぶ。
刹那、刃のような風が男の頬を刺した。
ハッと男が目を開けると、大蛇の如く渦巻く風に、散り落ちた紅葉が舞い上がった。
そして、ゆっくりと男のもとに降ってくる。
昇華したように鎮まり、しずやかに淑やかに。
男は呆けた顔でそれを眺めている。
尻餅をついたままの男の顔を女が覗き込む。
「大丈夫ですか?」
「……え?」
「どうかされました?」
女が訝しげに不安を顔に滲ませている。
女からは異の気配が消えていた。
「あっ、いえ」
「紅葉の妖にでも逢いましたか?」
「え?」
女がクスリと笑う。
「だって。そんなお顔されてますもの」
「あぁ……はぁ、まぁ」
男は曖昧な返事を返した。
「それにしても」
女が唐紅の紅葉を眺めて呟いた。
「真っ赤に色づいた紅葉には、やはり凄みを感じますわね」
「凄み……。確かに」
「命の凄みなのでしょうね」
「……そうですね。まったく恐れ入ります」
「この凄みがあるからこそ、より一層美しく心に刻まれるのでしょうね」
「心に……刻まれる」
「はい。いつ散り捨てられてもいいように」
紅葉が異にざわめく。
「ちに、こころに」
男がハッと顔を上げる。
「やはりまた、お捨てになられます?」
女の指で紅葉がくるりとまわる。
男が声にならぬ悲鳴をあげた。

                                                                      ― 完 ―

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