生きるべきか、死すべきか。私にはうまく判断がつかなかった。
駅前のマンションから高台の中古戸建に引っ越してから、何かと来客が増えた。
例えば蟻。割と大きめな蟻が家を探検している。次男がそれを見つけては「蟻さんかわいいねー。」と言って摘んで逃すのが毎朝の日課となっている。
例えば蛇。家族が妹の家族と動物園に行ったのだけれどコロナ効果で入場規制されていたため、動物園の近所の公園で遊んでいる頃、私は一人家に残り仕事をしている時のことだった。
動物を見に行った者が動物を見ることもなく、動物を見に行かなかった者が動物を見ることになるという実に皮肉な話である。
そして遂にムカデが寝室に現れた。就寝前にベッドの下から這い出てきた。
△本物だと刺激が強いためおもちゃを参考資料としています
鹿児島の実家に住んでいた頃はしばしば見た姿だが、上京して10数年。
久々に相対するとなかなかインパクトのある造形である。
家族総出で大騒ぎの中、私はその辺りに転がっていた無印のポリプロピレンメイクボックス(普段おもちゃケースとして使っているものだ)にムカデを誘い込み、捕まえた。
ポリプロピレンメイクボックスは素材がスベスベしているのでムカデは壁を登って逃げられないという利点がある。(用途の完全な逸脱)
観念したのか機を伺っているのか、ムカデはポリプロピレンメイクボックスの中でじっとしていた。それを私はじっと見つめた。
妻は「私がやろうか?」と言った。
長男は「なんなら飼っちゃう?」と言った。
このムカデが生きるべきか、死すべきか。私にはうまく判断がつかなかった。
結局私はムカデを人里離れた野に放った。
ともすれば源頼朝を殺さなかった平清盛のように、やがて佐田家もムカデに滅ぼされるかもしれない。
それでも私はムカデを殺すことはできなかった。
このムカデの生死を決めるのは人ではなく、天である。
虫をも殺せぬ男と笑われても構わない。それもまた天が決めたことだ。
(追記:先日ゴキブリが出た時は即座に殺しました。人とは。)