【長編小説】走馬灯で会う日まで #21
宮本さんは、本部へ連絡入れた後にすぐにお店を出ていった。対応については本部で検討するとのことだった。また、他の職人には、あまり伝えないで欲しいと釘を刺された。
今後の事もあるので、飯田さんには伝えたいと話し、そこだけは了解をもらった。
飯田さんには、すぐに話をした。飯田さんは、驚くというよりも、悲しそうな表情をした。
それから、店長にも報告をしなければいけなかったので何度か電話をしたが、繋がらず、結局、折り返しかかってきたところを飯田さんが出て、説明をしてくれた。
「店長、さすがに驚いていたよ」
電話の後に、飯田さんはそう言っていた。
正直、飯田さんが電話に出てくれて、好都合だった。
とてもじゃないが店長と話せるような気分ではなかったのだ。
今回の橋本さんの件は、きっと店長とのことがきっかけだったのだろう、と想像した。
僕の頭の中にはいろいろな感情が浮かんでは消えてを繰り返していた。
同情や、怒り、悲しみや、絶望。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか?
よく考えれば、昨日の橋本さんの様子は、少しおかしかったようにも思う……。
今になってじゃなくて、あの時に気がついていれば、もしかしたら、止められたかもしれない。
これからどうなってしまうのだろうか……。
ほとんど記憶もないような状態で、なんとか仕事を終えた後、飯田さんに呼び止められた。
「西田君。ちょっといいかな?」
僕と飯田さんはお店の外に出た。
「はい。今日は、ほんとにお疲れ」
飯田さんがそう言ってホットコーヒーをくれた。
「ありがとうございます」
飯田さんは、コーヒーを一口飲んで、白い息を吐いた。もうすっかり秋で、空気は痛いくらいに冷たかった。
「ほら、飲んで飲んで。あったかいよ」
僕は、言われるがままに、一口飲んだ。確かに温かかったが、味はあまりしなかった。
「ショックだよね……」
飯田さんが言った。
「ほんとに、なんていうか……」
「まあさ、こういう事ってさ、あると言えば、ある事なんだよね。俺も前に勤めていた会社でさ。後輩が、経費ごまかしていたことがあって、総額数百万、使い込んでたらしいんだよね……。だから……西田君の気持ちが、よくわかるんだよね」
風が吹いて、飯田さんは肩をすぼめた。
「だけどさ……。絶対に、勘違いしない方がいいよ」
「勘違い?」
「西田君は、何にも悪くないから」
僕は、返答に困ってしまった。
「そう思ってないならいいんだけどさ。なんていうか、俺はさ。後輩の横領が発覚した時に、『俺がちゃんと見てなきゃいけなかった』って、思っちゃったんだよね。それで、ずっと自分を責めて、最後には、体を壊してしまってね……」
飯田さんは、そう言って目元をぬぐった。うっすらと涙を浮かべているようだった。
「だからさ、自分を責めないでほしい」
「……ありがとうございます」
この後、僕たちは黙ってコーヒーを飲んだ。
相変わらず、熱いだけで味がしなかった。