ベンチャーキャピタリスト的・北アフリカ「マグレブ3国」の歩き方 ー各国篇・モロッコー
Sunny Side Venture PartnersのSadaです。前回からだいぶ間が空いてしまいましたが(汗)、各国篇、まずはモロッコからスタートします。
モロッコってどんな国?
前回「はじめに篇」でも触れた通り、モロッコは3667万人(2022)、$138Bというアフリカ5位(2022)のGDPを誇り、GDP Per Capitaも$3,765(2022)と東南アジアのフィリピン($3,623)に近い数字となっています。インフラも発達していて、アフリカ大陸初の高速鉄道があることでも有名です(筆者も首都ラバトからカサブランカ、カサブランカからマラケシュを、鉄道で移動をしました!)。
モロッコは立憲君主制で、元首は国王。国王が軍の最高司令官、宗教上の最高指導者、首相及び閣僚の任命権を持っています(現在は1999年に即位したモハメド6世国王)。
主要産業には農業、観光、航空宇宙、自動車、リン、繊維、アパレル、および各種部品等が含まれ、特に国が95%所有するモロッコのOCPグループ(Office Chérifiendes Phosphates)は、世界の粗リン酸塩、リン酸、およびリン酸塩肥料の主要な輸出元として有名な大企業です(参考)。主な宗教はイスラム教スンニ派ですが、イスラム教が国教と定められていますが、信仰の自由は憲法で保障されおり、キリスト教やユダヤ教も認められています。実際に行ってみるとかなりリベラルな雰囲気に包まれています。公用語はアラビア語とベルベル語ですが、旧宗主国であるフランスの影響で、フランス語も多く話されています(参考1、参考2)。
また、国として他のアフリカ諸国との関係性構築やパートナーシップを最優先事項としており、アフリカ大陸全体への進出・拡大に関心のある国際企業にとってのハブ機能を果たそうとしています(参考)
モロッコのアフリカスタートアップへの意気込みを象徴する巨大イベント・GITEX AFRICA MOROCCO
その意識はスタートアップ政策にも表れており、モロッコは2023年5月31日~6月2日の3日間、GITEX Africaというアフリカ最大級のスタートアップイベントを首都ラバトから4時間弱、商業の中心都市カサブランカから3時間弱にある、観光都市・マラケシュでホストしました。GITEXは40年以上の歴史を誇る中東・ドバイを拠点として開かれてきた世界最大のテックイベントです。それが初めてドバイの外で開かれました。それが、今回のGITEX Africaです。筆者もワクワクしながら参加してまいりました。
参加者5万人以上。これは日本のスタートアップイベントとして著名な、IVSが1万5千人、ICCが1000名以上、B-Dash Campが700名以上、ということから考えても、かなりの規模です。特筆すべきは、そのグローバルさ。アフリカという大陸の持つポテンシャルに共感する政府関係者や事業会社や投資家やスタートアップが、130+の国から一同に会しています。
このイベントは来年もモロッコで行われることが確定しています。モロッコのスタートアップエコシステムへの力の入れようが伺えます。
モロッコのスタートアップエコシステムとは
では、モロッコのスタートアップエコシステムにはどのようなプレイヤーがいるのでしょうか。今回モロッコで初めて面談した会社や元々の知り合いも含め、一部をリストアップしてみるとこんな感じです。
UM6P Ventures
UM6P Venturesは2017年創立された新進気鋭の大学・University Mohammed VI Polytechnic(略称UM6P)の投資アーム。UM6Pは、マラケシュ近くの都市Ben Guerirにて2009年にスタートしたモハメド6世のGreen City構想の核として、前述のモロッコが誇る大企業「OCP」の財団によって創立された大学(Green Cityはいわば、日本で言えば筑波研究学園都市のようなものでしょうか)。投資テーマはDeep TechとDXの2つで、アフリカローカル発でDeep Tech投資ファンドが存在しているのが、教育水準が高く欧州とも関係が深いモロッコらしい特長と言える。
HSEVEN
アフリカで一番大きなスタートアップハブを自称。Ideation phaseからAcceleration phaseまでをカバー。名前の由来は7つのHから始まるValueと7人の創業者から。実際に訪問したが確かに非常に洗練されていて、カッコ良い。
Plug and Play Morocco
シリコンバレー発の世界的アクセラレーター&ベンチャーキャピタルで、Egyptでもお世話になっているPlug and PlayのMoroccoチーム。Casablancaがベース
La Startup Station
2017年創業。Angels4AfricaというAngel networkの運営や各種パートナーと組んでテーマフォーカスのアクセラレータープログラムを企画・運営。オフィスには撮影スタジオもあり、そこでモロッコ版Shark Tankを国営テレビ局と共同制作していたりもする。
Outlierz Ventures
Sunny Sideの投資先の一部に共同投資もしており、仲良くさせていただいている、モロッコベースのアーリーステージVC。Pan-Africa・B2Bフォーカスで投資。
First Circle Capital
Sunny Sideの投資先の一部に共同投資もしており、仲良くさせていただいている、モロッコベースのアーリーステージVC。Pan-Africa・Fintechフォーカスで投資。
212 Founders
CDG(Caisse de dépôt et de gestion)というモロッコを代表する政府系機関投資家によるVCアーム。
では具体的なスタートアップにはどのような会社があるのでしょうか。最近最もホットだと思うのはChariです。彼らはMorocco発のB2B FMCG Marketplaceで、自分たちで倉庫やロジを持たないAsset-light strategyを活用しながら、数多く存在するsmall retailersが専用アプリを通じてオーダーができ、かつ、financingも提供しており、まさにSunny Sideの投資先でいうEgyptのCartonaの類似会社です(参考)。2021年夏にY Combinatorにも参加、モロッコやチュニジアで活動しています。これまでの投資家も素晴らしく、YCをはじめ、Rocket Internet, Endeavor Catalyst, Global Founders Capital, Orange Ventures, Plug and Play(参考)、また、日本でいうとVerod-Kepple Africa Ventures(VKAV)も投資しています(参考)。
参考までに、他のMorocco出身のYC合格者には、Freterium(Logistics)、WaystoCap(Chariと似たビジネス。エジプトのMaxabにより買収)があり、これまで合計3社です。
モロッコで出会ったPain(=Opportunity)
モロッコはとにかくキャッシュベースで、エジプトを超えるCash Is Kingな国です。たとえば、こちらの調査では、世界のキャッシュ依存型の国ランキングで2位のエジプトを抑えて堂々の(?)1位に輝いています。アフリカでビジネスを興す際の成功可能性は「Painの大きさ」が重要なindicatorだと思いますので、Fintechセクターは今後のモロッコにおける注目セクターと言えます。不思議なことは、モロッコは前回記事でも記載の通り、Internet普及率は高いため、脱キャッシュ化するための物理的なインフラはあるはずだし、ではRegulationのせいかというとそんなこともなく、筆者がモロッコのFintechスタートアップとの対話を通じて理解するにつけ、政府側もFintechや脱キャッシュをプロモートしようとしていると理解しています。つまり、先の調査でも触れられている通り、人々の「キャッシュへのPreferance」というメンタリティ自体が一番の課題となっていると思います。人々のPerceptionをどう変えるか。何がきっかけとなり、どのファクターがレバーとなるのか。
たとえば筆者が以前住んでいたインドでは2016年、政府が完全に秘密主義を貫き、情報公開数時間後に「現状高額貨幣の廃止」(Demonitization)を実施しました。これにより、旧紙幣を持っている人は銀行に行って新紙幣に替えねばならなくなり、Black Moneyの洗い出しを実施する目的でした。このDemonitizationのタイミングでインドが誇るウォレットアプリ・Paytmの普及が急激に進んだと言われています(先の調査でも「Cash-based payments」がインドはわずか8%なのに対し、モロッコは74%)。
まだ今のモロッコはDemonitizationの前のインドの状態にすらたどりついていない状態に見えますが、これからどうなっていくか、モロッコは非常に面白いタイミングと言えます。
また、もう一つ例を挙げますと、筆者が現地で実感して興味深かったのが、タクシーです。モロッコではプチタクシーと呼ばれる通常タクシーが主流でしたが、デフォルトで乗り合いなので、自分が最初の客で遠くの目的地を伝えると、後から後から乗ってくる「より近くの目的地」の乗客が優先されるため、いつまで経っても目的地に着かないことがありました。さらにGPSも使ってくれないため、乗客が運転手に自分で道案内を口頭でせねばならない始末。(筆者はGoogleMapで25分で着くところが1時間半かかったことがありました・・・)。普段、エジプトでUberに慣れていると、この状況にはかなりの大きなペインを感じました。
では、Ride-hailing Appたちは何をしているのでしょうか。実は、モロッコにはInDriveとCareemが進出しているのですが、双方、現地プチタクシーからはかなり敵対視されており、筆者が携帯アプリを開いて待っていたらInDriveの運転手から「あまりあからさまに携帯アプリを開いて呼ばないでくれ。タクシーに見つかったら通報されたりしちゃう(illegalではないけど)」と注意を受ける始末。一緒にGITEX Africaに参加していたエジプトのキャピタリスト友人いわく、「エジプトも最初はこんな感じだった」とのこと。これからモロッコのタクシー業界がどうなっていくのか注目です。
これからも目が離せないモロッコのスタートアップシーン
上述のキャッシュベースな社会や保守的タクシー業界の話からも推察されるように、人も社会もエジプトよりもコンサバ(よく言えばマチュア)な印象を受けました。例えば、HSEVENやLaStartupStationにアクセラプログラムに参加する起業家の平均年齢を聞いたところ「35歳」ということで、一度大企業等で経験を積んでから起業するケースが多いのは、サブサハラとの違いかもしれません(ある種、日本っぽいですね)。ただ、街は綺麗だし道路インフラやインターネットはとても良いと感じましたし、教育水準も非常に高く優秀な人材が多そうで、大きなポテンシャルも感じました。Sunny Sideでもこれまで数十社のモロッコのスタートアップと話してきましたが、現在モロッコ第1号案件となりそうな会社を検討中です。これからのモロッコのスタートアップシーン、ますます注目していきたいと思います!
次回、アルジェリア篇もお楽しみに!