ベンチャーキャピタリスト的・北アフリカ「マグレブ3国」の歩き方 ー各国篇・アルジェリアー
Sunny Side Venture Partnersの才木です。またしてもだいぶ間が空いてしまいましたが、手が回っていないだけで書きたいことは沢山ございます(笑)。前回の各国篇・モロッコに続いて、今回は日本のビジネスパーソンの方々はおろか、日本だけでなく世界中のアフリカスタートアップ業界人の間でも割と「未知の国」であるアルジェリア篇です(元々は昨年6月に訪問したことを書こうと思っていましたが、その後、12月にもアルジェリアで開催されたAfrica Startup Conferenceへの登壇機会を頂き再度訪問しましたので、今回の記載はその双方によるものです)。
アルジェリアってどんな国?
「はじめに」篇で触れたマクロ指標のチャートを改めて見てみます。
アルジェリアは人口4529万人(2022)、$195Bというアフリカ4位(2022)のGDPを誇り、GDP Per Capitaも$4,315(2022)と比較的高く、エジプトの$4,563(2022)に匹敵し、東南アジアでいうとベトナム$4,087(2022)やインドネシア$4,798(2022)にも近い数字です。インフラもAfrica Infrastructure Development Indexで8位(2020)という充実ぶりです。アフリカ最大の国土を持ち、他のマグレブ諸国と違って資源国であるアルジェリアの主要産業はなんといっても炭化水素(天然ガス・石油など)であり、GDPの19%、輸出総額の93%を占めるため、油価によって国の経済が大きく影響を受けます。1962年にフランスから独立してから社会主義政策を取っていたものの、1984年以降の原油価格の下落によって財政状況及び国営企業の経営が悪化し市場経済への転換が図られました(参考)。しかし、国営エネルギー会社のソナトラック社をはじめ国営企業の存在感はその後も大きく、また、51/49規制(=外国企業は49%まで資本を持てない)に代表される外国企業への制約も大きい状況が続いていました。世界銀行のDoing Businessランキング2020(2020が現状の最新)でもアルジェリアは157位と、モロッコ53位、チュニジア78位、エジプト114位を大きく下回っています(ちなみに日本は29位)。
ただしアルジェリアは近年、投資貿易赤字の解消や外貨確保を目的に、輸入規制を強化しつつも、経済の多角化、非炭化水素の輸出促進、再生可能エネルギー分野の増強などを推進してきました(2021年には7年ぶりに貿易黒字化)。スタートアップ促進もこの経済の多角化の一環で、2020年ごろからスタートアップ法(スタートアップ認定制度や認定取得後の税制優遇など)を制定・施行しています。また、前述の51/49投資規制についても大規模に緩和。完成品輸入販売業および戦略的産業部門(エネルギー、鉱業、製薬など)以外については外資の出資比率制限が撤廃されました(参考)。
さらには、隣国モロッコとは前回記事でも触れた通り、西サハラ領土問題で関係が良くないものの、チュニジアとは良好で、スタートアップについても、「アルジェリアとチュニジアの2国間でスタートアップの活動を相互に促進するMOU」を2022年12月に結びました(参考)。将来的にはアルジェリアとチュニジアを合わせたマーケットとして見ることも可能なれば、双方の国のスタートアップエコシステム、筆者は特に、マーケットは小さいもののエコシステムは発達しているチュニジアのスタートアップにとって、マーケットを大きく捉えられる好機会になってくると思っています。
Africa Startup Conferenceへの参加
昨年12月5日ー7日にアルジェリアで行われたAfrican Startup Conferenceにも、政府の意気込みは色濃く表れております。このイベントはアルジェリアのスタートアップエコシステムをショーケースするのではなく、アフリカ全土のスタートアップエコシステムを首都アルジェに招待し行われるもので、今年で2回目です。私は今回初めて参加しましたが、まだまだ界隈ではマイナーなイベントかと思いきや、かなりの規模と本気度に驚きました。
アルジェリアで最大(かつ唯一?)のスタートアップ・Yassir
さて、そんなアルジェリアのスタートアップエコシステムのイマを一言で表すと「眠れる獅子」といった感じです。私の個人的な感覚として、アフリカのスタートアップシーンにはいくつか「眠れる獅子」的な国があると感じていますが(エチオピア、DRC等)、これらはどちらかというと「獅子が眠っている間にも成長し続け、とても大きな獅子として目覚める」イメージですが、アルジェリアの場合はすでに前述の通り、第4位の経済規模、テックスタートアップが活躍するのに重要なインフラ、GDP Per Capitaの高さなど、条件は揃っていて、「すでに大きいはずの獅子が、ただ寝ている」といった感じを覚えます。
そんなアフリカのスタートアップ界の「眠れる獅子」なアルジェリアの目を覚まさせるアウトライヤーなスタートアップを1社ご紹介します。それはYassirという会社で、いわば「マグレブ版Uber」です。アルジェリア出身で、アルジェリア国立理工科学校(エコール・ナショナル・ポリテクニーク)の時代からの友人同士であるマヘディ・イェットゥー氏(その後、フランスで学びカナダで博士号取得)とヌールディン・タイェビ氏(その後、アメリカで学びスタンフォード大学で博士号取得)が、「アルジェリアで成功例となるようなスタートアップを創りたい」と2017年に創業。今回はアルジェリアのYassir本社を訪れ、イェットゥー氏と面会しお話させて頂く機会を得ました。
こちらのJETRO様の2019年の記事でもすでに取り上げられていますが、前述の通り51/49規制などまだまだ海外投資家から資金調達をすることやスタートアップという存在自体の概念も浸透していない中、まずは51/49規制に沿って立ち上げつつ、政府に根気よくロビーイングを続け、政府と一緒になって先の51/49規制の撤廃にも貢献してきたそうです。そして、2020年、アルジェリアスタートアップとして初めてY-Combinator(米国シリコンバレー発の世界で最も著名なアクセラレーターの一つ)へ合格、翌2021年には$30MのSeries Aラウンドを実施、そして、さらに翌年の2022年にはなんとアフリカのスタートアップとしてその年の第2位の規模となる$150MのSeries Bラウンドを実施するのです。元々はUberのようなサービス、つまりRide-hailing Appとしてスタートしましたが、彼らはアルジェリア発のスーパーアプリを目指しており、現在はRide-hailingに加え、Food Delivery(日本でいうUber Eats)、Q-Commerce(Grocery storeでの買い物をオンラインで行い通常数十分の間に届けてくれるサービスのこと)の3つのサービスに多角化。国による軽重はあれどアルジェリア、チュニジア、モロッコ、セネガル、南アフリカ、フランス(※マグレブのディアスポラ向け)の6か国で展開しているそうです(全ての国で3つすべてのサービスを展開しているわけではなく、各国の規制や競合環境によって提供サービスを変えている)。今後はFintechへの多角化を目指しているとのことでした。
まさにSo far So good、ここまではスタートアップのエリート街道を突き進みサクセスストーリーを紡ぎあげてきたYassir。実際にアルジェリアで使ってみましたが、首都アルジェではかなり浸透していました。当然アルジェリアにも、Ride-hailingであればフランス発のHeetch、Food Deliveryであればナイジェリア発のJUMIAがそれぞれ、競合として存在しているのですが、イェットゥー氏曰く、「アルジェリアにおける競合優位性は”ローカルに根差した存在・アルジェリア発”であるということ。現地でアルジェリア企業として認識してもらっているし、首都アルジェではHeetchiとシェアを取り合ってはいるものの、Yassirは首都アルジェだけでなく、アルジェリアの他の都市にも広く展開しその各都市で大きなシェアを取っている」とのことでした。また、「雇っている人材もアルジェリア人のテック人材がメインであることも他社との違い」と仰っていました。活躍の機会が少ないため、優秀な人材は海外へ流出してしまいがちなアルジェリアにとって、人材を育て、Local Successを生み出すことで、繋ぎとめる役割も果たしているそうです。まさに様々な意味で「アルジェリアを代表する」スタートアップと言えると思います。しかし、裏を返すと、アルジェリアにおいてYassir以外にこれまで国外からも日の目を見たスタートアップらしいスタートアップは存在しないと言っても良いでしょう(そのあたりの理由の考察は後段にて述べます)。
アルジェリアのスタートアップエコシステム
では次なる問いは「Yassirに続くスタートアップはアルジェリアから生まれてくるのか」ということになります。それを考えるにあたり、アルジェリアのスタートアップエコシステムを見てみましょう。
Casbah Business Angels(CBA)
アルジェリアのアーリーステージスタートアップを支援するべく2012年から4名のCo-Foundersで活動開始。3か月に1回オンラインピッチイベントを実施(筆者も同席させて頂きましたが、非常に活気あふれるものでした)。
Algeria Startup Fund(ASF)
2022年10月に開始した政府系ファンド。ファンドサイズは8.8M Euroで6つの政府系銀行がファンド出資者。Pre-Seed、Seed、Series Aに投資(ただし、現状はまだPre-SeedとSeedが中心か)。かなりアクティブで2023年6月時点で91社に投資したとのこと。ただ、個人的には「政府のスタートアップ育成へのやる気の現れ」でありつつ、一方で「もし中長期的なエコシステムの醸成を目的とした場合、政府の関わり方として直接投資がベストなのか」という議論はあるなと感じた(このあたりはお隣の国・チュニジアがまさに対照的なやり方を取っているので、次回チュニジア篇でも触れます!)
Algeria Venture(A-Venture)
アルジェリアの政府系アクセラレーター。アルジェリアの各種スタートアップやインキュベーターを支援。
IncubMe
2018年創業のインキュベーター。特長としては、(恐らくアルジェリアのエコシステム野中では珍しく)海外に拓けていること。具体的には、対象企業の半分をアルジェリアから、もう半分を海外から招集しており、合同で3か月間のプログラムを実施。過去2回プログラムを実施しており、1回目はPan-Africaのスタートアップを招待、2回目は中東のスタートアップを招待し、アルジェリアへのExpansionのきっかけを作るサポートをしている。
WemInnov Accelerator
アルジェリア初の女性ファウンダーを支援するアクセラレーター。曰く、「アルジェリアは女性の教育が非常に進んでいる国で、大学生の60%は女性、理系学生の48%は女性にもかかわらず、その後の就職先が少ない(就職率はおそらく20%未満)」という問題を解決したいそう。
「眠れる獅子」の行く末
このように、政府系ファンドやアクセラレーター、ローカルのAngel networkやインキュベーターは存在しているようですが、明確に欠けているのは「通常の民間VC」です。前述の通り、Yassir以外でInternational VCから調達したアルジェリアスタートアップは聞きませんし、ローカルで「VC」というビジネスモデルで活動しているEntityも無さそうでした。これはすなわち、VCにとってInvestableなスタートアップがまだまだ少ないということだと思います。それにはいくつか理由があると感じていますが、大きくは2つの要因があると思います。
1つは起業家そしてそれを支援するプレイヤーたちの「マインドセット」の問題。これまで私は数十社のアルジェリアスタートアップと面談してきましたが、まだまだ「スタートアップ」と「SME(Small and Medium Enterprise)」との違いを理解し、VC等の資金提供を受けながら、スケーラブルかつ場合によってはクロスボーダーに拡大していくようなビジネスを描いているファウンダーは他国に比べて圧倒的に少ない気がしています。不思議なことに、それはインフラ的にそういったビジネスが作れないということでも、優秀な人材がいないということでもなく(むしろインフラは他のアフリカの国よりも良い方なのは前述の通り)、単純に「マインドセット(意識・意思)の問題」だと感じています。「だったら簡単じゃん」と思う方も多いかもしれませんが、これが意外と根深い気がしており、日本を思い浮かべたらそれが良く分かると思います。日本のスタートアップエコシステムとエジプトやチュニジアのスタートアップエコシステムを、スタートアップ投資額の対GDP比で比較したことがありますが、チュニジアやエジプトのスタートアップ投資額の方が日本のそれよりも対GDP比では大きいのです。つまり、誤解を恐れずに言えば、チュニジアやエジプトの方がことスタートアップに関しては「日本よりも頑張っている」と言えます。おそらく、「海外に出ていくスタートアップ」という観点も入れると、より一層差をつけられているでしょう。個人的にはマインドセットさえ変わっていけば、アルジェリアも(そして日本も)、もっとスタートアップをもっと盛んにし、国内外に打って出るより多くのスタートアップを輩出する起点になれると思います。
もう1つは「規制」の問題です。アルジェリアで気づくことはFintechの存在が生活導線の中にほとんど見えてこないことです。アーリーステージで何社かいるにはいるのですが、実際商店でも基本はキャッシュ払い、カードが使えたら御の字のような状態でした。ただ、これにも変化の兆しがあります。これまではペイメントも銀行のみに限定されるなど規制が強かったようですが、2023年に新しい法律が可決され、Payment Service Providerとして認められれば可能になりました(参考)。ただ、それでも安心はできません。なぜなら、先ほどの「マインドセット」の問題が引き続き残るからです。1つ例を挙げます。通常VC投資を受けているようなアフリカのスタートアップは海外VCのお金を呼び込むため、DelawareなどのオフショアにHolding Companyを作り、そのHoldCoがアフリカ現地のOperating Companyを子会社化するケースが多いのですが、前述の通り、アルジェリアではそれができない51/49規制という仕組みがありました。しかし、Yassirという先駆者の努力もあり、その仕組みはテック企業にとっては撤廃され、今ではそうすることが可能になりました。にもかかわらず、まだまだオフショアにHoldCoを開いている、あるいは開こうとしているアルジェリアのスタートアップは非常に少ないのが現状です。大使館の方とお話した際も「規制が無くなったり、法律が通っても、実際にそれを行うかは別なのが、この国なんだよね」と仰っていました。
ではアルジェリアのスタートアップエコシステムは「眠れる獅子」のままなのでしょうか?これはおそらく時間の問題でしょう。事実、スタートアップという観点ではこれまでほぼアルジェリアと接点が無かったであろうFar Eastの日本という国出身のSunny Side Venture Partnersがエジプトからこうして昨年だけで2回も訪ねていっていることや、前掲のAfrica Startup Conferenceをホストし50以上の国からスタートアップエコシステム関係者がアルジェリアに集結していることなど、アルジェリア国外のエコシステムと触れる機会も増えてきている中で、おのずと解決されていくと思われます。今後も「眠れる獅子」の動向から目が離せません。Sunny Side Venture Partnersでも引き続きアルジェリアのスタートアップエコシステムのサポートをし続けていければと思っていますし、ポートフォリオとして歩みを共にしたいと思える1社が今年中には見えてくるのではと期待しております!アルジェリア進出日本企業は2022年9月時点で22社とまだまだ少ない中で、新しい時代に向けて今後もスタートアップ投資を通じてアルジェリアと日本の架け橋になれるよう微力ながら頑張って参ります。
次回「ベンチャーキャピタリスト的・北アフリカ「マグレブ3国」の歩き方」、最後は、個人的には政府の関わり方、起業家のクオリティやExit実績等も含め、個人的には国内マーケットの相対的な小ささに比してアフリカでベストなスタートアップエコシステムを展開していると思っている「チュニジア」篇です!お楽しみに!