自我を消す在り方
私は自我よ。
この世を体感するために、創り出された装置なの。見て聞いて触れるわ。考えたり感じたりもできるのよ。
だから私は曖昧
いつでも揺れ動いて
止まらず変わり続ける
私を本当の自分って信じ込むなら、この世の出来事が深く味わえるわ。とても深く。
まるで、現実に起こったみたい。
仕事も恋愛も娯楽も、そしてあらゆる事や物との関わりも──
☆☆☆
こんにちは!
フジミドリです♡
小説で随筆で評論。そして、どれにも収まらない。そんな構想で、書き綴って参りましたこの私物語です。
今シーズンは【千日の瑠璃】より着想を得、人でない視点から1人称で語りました。
今回は、若かりし頃より自身へ問い続けている主題を扱います。
〈自分とは何者であるか?〉
私なりの答えが、何かしらお役に立てば嬉しく思います。お楽しみ頂けますように──
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自分って何者なの。
この問いを真剣に考える人なんて、ごく僅かだけ。でも、ある一定数は常にいるの。そういう仕組みよ。
まぁ大半が途中で諦めちゃう。
心の底へ押し込めて──
当然よ。だって私はそう仕向けるから。自分が何者かなんて、知る必要ないわ。
私と思っていればいいの。そうすれば、死ぬまで幻想世界に浸れるんだから。
でも、いるのよね。
☆☆☆
例えばこの人、初老の塾講師。
二十歳の頃に自死を考えた。苦悩してというより、人生そのものに興味が持てない。
大学受験に挫折して、予備校へは通わず自宅で勉強生活。歩いて五分の図書館から、文学やら思想哲学やら借りて読みまくる。
あれこれ想像したものだわ。
これからどうなる。大学を出て働く。結婚して子供ができる。老いては孫と遊んだり。
でも、いつか死ぬ──
想像の世界で色々な職業を体感したわ。様々な人間関係や、人生に起こり得る局面を想定しては、全身で味わうの。成り切って。
『やらずに済んじまったな』
交流は家族と日常会話ぐらい。情報は新聞やテレビを通すだけ。現実感が薄れていくわ。この人生、本当にあるのか?
☆☆☆
受験勉強や読書三昧の合間、あらゆる人生を想像で体感したつもりの若者は、次なる世界へ踏み込んでいったわ。
『死んだらどうなる?』
科学も宗教も哲学も霊能秘話も、納得いく答えを持たないと気づいて自分で探った。
『オレがなくなる……そもそもオレって』
本で得る知識やマスコミの情報は信じない。他者の言動も保留ね。自問自答。自分の深奥で微かに響く感覚だけが頼り。
☆☆☆
『オレとは何者か。名前じゃない。国籍も性別も出自も学歴も職業も違う。記号だよ。体も変わる。体は空だ、なんちゃって』
やあね。楽しんで取り組む人は油断できないわ。自分の根源が揺らいでも怖がらないの。
『オレの好みや信条、他者との関わり、何もかも情報空間の素粒子に過ぎない。コロコロ変わっていく不安定なものさ』
しぶといわ。わからなくても粘るの。だから私、次々と思考を送り込み、感情も揺らす。
『死んだら消えちまう。生きてるのも幻想かね。虚しいな。いや。オレは在る。死んでも無くならないよ。そんな気がするぜ』
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そう。誰かに学んだのではなく、何かを信仰したのでもない。感覚。この人は感覚を頼りに、死んでも自分は在るって決めたわけ。
だから私は、それに応じた経験を映し出してあげたの。死んでも在るって証拠よ。
断食で得た至高の境地。臨死体験で訪れた霊界。癒やしの生命波。思考でも感情でもない意識の通信。死者との交流──
でもまぁ、すんなりいかないわ。
☆☆☆
『ああクソ。想念に浸るから不自由になる。どうして中真感覚を使えないか。自我なんてもういらん。消えてなくなれ!』
ま。なんてことかしら。
ひどいわひどいわ。
『やれやれ~決まってんな。変えられねえ。なら、今回の人生はこれでいいよ。どうせ死ねば終わり。成るように成るさ』
あら。明らめたのね。
いいことだわ。
相談されるようにもなって──
☆☆☆
「自我は消した方がいいかしら?」
『あはは~そしたら味わえませんよ』
「本当の自分で生きれば楽かな」
『それもまた、自我なんです』
「え。解脱や中真や真我って……」
『スビバセン。やっぱり自我です』
「やだわ。巧妙なのね」
『そのままでいいんですよ』
「そっか。自我を消したがるのも自我なんだわ。霊的信仰を深めたい自我なのね」
『中真は外に顕われません。でも、全てに浸透しています。自我を消すのではなく、一体であると気づけばいいんです』
☆☆☆
彼は自死を明らめたの。
自分が先に逝ったら、父母がどれほど嘆き悲しむか、意識の世界で体感したから。
そして父母を見送ったわ。
この世に留まる根源が消えたの。
覚悟していたけれど、意識の世界で済ませたはずなのに、でもだからこそかしら、安心して泣けた──
それもまた私なの。
☆☆☆
私は、彼が望む姿を見せたわ。
夜明け前に目覚めさせる。天井の辺りを、白く光る小さな球体がスーッと流れた。
彼は理解する。
思考でも言葉でも映像でもなく、存在のすべてが感知したの。だから私はそっと囁く。
こんなの幻想よ
夢を見てるんだわ
するとまた、輝く白い玉が彗星のように現れて、そして消えるの。彼は思わず呟いた。
『母さん──』
☆☆☆
その後すっかり目が覚め、来てくれたんだなと思うけど、徐々に記憶は薄れて、夢だったのかと曖昧になっていく。
でも、彼はもう自我を否定しない
打ち消そうとも外そうともしない
自我を自我として受け入れたまま、母が霊魂の姿を見せてくれたと理解する。そして、涙を滲ませながらも微笑んだ。
『ありがとう』
私は母の姿を映し出す。元気だった頃の弾けるような笑顔。朗らかな声。
☆☆☆
─わたしの子どもに
生まれてくれて
ありがとう
本当にありがとう
☆☆☆
あらまあ。この人ったら泣き笑いよ。変な人ねえ。悲しいんだか嬉しいんだか、もうわからないみたい。まあどっちでも同じだけど。
人生なんてそんなもの
産まれて生きて死んでいく
そしてまた──
何度でもやり直せばいいわ。気が済むまで。霊魂は永遠だから。ずっと続くの。
☆☆☆
お読み頂き、ありがとうございます!
創作の背景は西遊記♡