父の日には空を見上げ
やあ、父さん!
元気かい。
うーん。亡くなった人に元気かって訊くの、やっぱ違和感あるよなぁ。
でも、今となっては、父さんも立派な幽界人だからね。これでいいかなと思うわけ──
☆☆☆
こんにちは!
フジミドリです♡
【私物語】シーズン1の最終回となります。お読み頂きまして、本当にありがとうございました。ひたすら感謝なのです。
今回は、昨年秋に他界致しました父との対話を通して、私とミドリの息子代わりだった1頭の馬について語ります。
死者との対話──馴染めない方は幻想小説としてお読み頂ければ宜しいかなと。
では早速──
☆☆☆
父さん今何やってんの。あぁ伝わってくる。仲の良かった友だちとワイワイ麻雀やったり馬券当てて大騒ぎしたり。
あいつらみんな、どんどん先に逝っちまうからつまらねぇよ。ボヤいていたもんな。
楽しく過ごせているなら安心さ。父さんって社交家だからね。人脈スゴかったもん。
☆☆☆
けどやっぱ父さん、馬に乗ってるだろうな。目に浮かぶ。父さんの調教は職人芸。オレは二流だけどそれくらいわかるよ。
父さんが五輪の監督やって勲章貰いました、なんて話すと驚いてもらえるけど、馬術競技は日本じゃマイナーだもんね。
覚えているよ。父さんが出るはずだったあの東京五輪。オレは幼稚園児で白黒テレビを一緒に観てた。父さん、黙っていたね。
出場予定の馬に他の人が乗って事故。両前肢骨折。馬はその場で薬殺処分。出場断念。
どんな気持ちだったか──
☆☆☆
あはは~湿っぽくなったね。スビバセン。父さん、暗い話や悲しいの苦手だもん。葬式は明るくやってくれとか無茶言った。
だから納骨の時、親族の前で父さんの遺言を読み上げつつ、ここで一発ギャグかまして、笑いを取ろうって狙ったけど──
ミドリに止められた。
まぁ、さすがにな。父さんはミドリの横で、やれよやれよって嗾けたけど。
三人でお笑いトリオだね。
懐かしいなぁ。
☆☆☆
父さん、わざわざ新橋から車で毎週日曜日、神奈川のド田舎まで乗りに来てくれた。
こいつの調教は難しい、ミドリさんが惚れ込ん馬だから仕方ねえ、なんて言いながら。
ミドリが愛した馬はロスタムと名づけたよ。ペルシア神話の英雄だね。うーん。英雄とは程遠い神経質な馬だったけどね。
☆☆☆
父さんには孫の顔を見せられなくて、申し訳なかったと思う。でもさ──
オレは子供が欲しいって思ったこと、マジで一度もないんだよ。ミドリも同じだったな。人間より動物の赤ちゃんが可愛いって。
こればっかりはね。
わかるんだよ。子供が欲しい可愛いって気持ちもさ。けど素通りして行っちゃうの。なのにオレは塾の先生だからな。
前世の宿業だね。
☆☆☆
だからロスタム──タムオはオレたちの息子なんだ。6歳まで競馬。どうして乗馬クラブへ来たのかはわからない。
怪我をしたか馬主が見切ったか。
一介の雇われ講師で馬を所有なんて今思えば冷や汗ものだね。軽自動車よりは安い値段でクラブの所長から買ったっけ。
毎月の預託料や装蹄代も、場末のクラブとはいえ結構な負担で。それにしても決まってるんだよな。何とか最後まで払えたから。
☆☆☆
父さんの調教後、オレが乗ってチェックしてもらう。終わればミドリの出番。馬体は水で洗う。蹄油を塗ってブラシも掛けて──
ミドリさんの手入れは完璧だよな。父さん、よく感心してた。そう。ミドリは手入れの方が好きなくらいで磨き上げたからね。
帰りに三人で夕食。今日は大穴を当てたから極上ステーキだ、なんてさ。懐かしいな。
でもいつか終わる──
☆☆
あの朝、クラブから電話があって。
受話器を取る前からわかるんだよ。ヤバいぞって寒気がした。いよいよお別れだ。
ああいう感覚ってホント嫌だね。わかっちゃうのさ。どうすることもできないんだよ。
人生は決まってる。変えられない。なのに、先が見えるのってツラいよねぇ。
☆☆☆
ミドリはすぐ車で向かう。オレは仕事を済ませて、夜半にタクシーでクラブへ着いた。
疝痛は命取り。ただの便秘じゃない。馬の腸って長いからな。獣医も、痛み止めの注射を打つくらいしか術がなかった。
でも効かないんだよ!
タムオは痛がって、前蹄で床を叩いていた。馬房に敷いたオガ屑は掻き上げられ、コンクリートの床肌まで見えていた。
カンカンカンカン。
あの音が今も耳に響く──
放牧したら、首を振って走り出したり止まったり。苦しそうに嘶く。でも、どうしてやることもできない。見ているしかなかった。
オレたちは数人で馬場に出ていたよ。ふと、動きが止まる。くるっと振り向く。タムオはオレに向かって一直線に歩いてきた。
鼻面をオレの胸に押しつける。じっとして動かない。オレはあいつの頭を撫でて何も言えなかった。
他のみんなも、オレとタムオを見つめてるのがわかった。誰も何も言わなかった。
☆☆☆
ミドリはオレに泣きそうな顔で言った。どうしよう、あたし胸が潰れちゃうよ。
答えられないさ。
最後に、オレが引き馬して定跡を歩いたな。ずっと語りかけながら──
お前は神経質な馬だから、調教が難しかったけど、オレも下手だったよ。ゴメンな。
ミドリが気に入ってさ。お前もミドリに懐いて。オレは営業の仕事サボって調教したな。
夏は出勤前にミドリと二人で、暗いうちから車でクラブへ行った。オレが乗っている間、ミドリはベンチで居眠りしてたよ。
覚えているか、馬事公苑の大会。準優勝したな。偉かったぞ。ミドリも泣いてたね。よく調教した。父さん、褒めてくれたよ。
タムオはミドリとオレの息子。父さんの孫。お前がいてくれて幸せだったぞ。
そう語りかけながら引き馬した。夜中の3時頃かな。タムオは長い首を下げて、オレの後に続きながらじっと聴いていた。
なんだかふわふわして、これは夢じゃないのかって奇妙な感じがした。
☆☆☆
とうとう最期の時──
明け方だった。馬場でダダダっと後ずさり、崩れるように横倒し。そして駆け始めた。
痛みで藻掻くんだね。初めて見たよ。倒れたままで駆け足する。蹄鉄はぶつかって、カンカン鳴る。火花が飛んだ。
あの音はまだ聞こえる。
危ないから近寄るな。誰かが叫ぶ。立ち尽くし、見てるしかなかった。だんだんタムオの動きが鈍くなった。
オレたちは駆けよる。もういいよ、タムオ。ミドリがそう言ったんだ。震える声で。偉かったね。もういいから──
タムオは顔を起こす。オレたちがいるのを確かめるように。それからゆっくり倒す。長く息を吐いた。
最後に吸って、もう動かなかった──
☆☆☆
あの後からミドリは引き籠もった。明るいとダメ。昼間から部屋のカーテン引いてさ。
いつも猫のピキを抱いてた。
あれから二十年経つのか。信じられないよ。だって今ここで起こっているみたい──
☆☆☆
思い出した。
オレは一人で空の馬房を掃除したんだ。最後ぐらい綺麗にしてやりたくてさ。
そしたらスッと右手を挙げてね。
いや、何も考えちゃいないよ。手が勝手に動いたの。バーッと暖かい何かが流れ出す。
凄まじい勢いだった。
オレは右手だけになったようで、腕が持っていかれそうなくらいの奔流だった。
遥か彼方、タムオが空を駆けていく姿が見えたっけ。うん。駆けていったな──
父さん、オレ今気づいたよ。
あれからミドリを看取り猫のピキも送った。女房と息子と娘が逝って独り残ったわけ。
☆☆☆
あはは~やだね。まーた湿っぽい話になっちまった。大丈夫だよ。オレは元気さ。母さんを見送るまで、そっちへ逝けないもん。
実はプレッシャーだったぜ。いつも言われたじゃない。俺より先に逝くな、ミドリさんは逝っちまったけど──正直ホッとしたよ。
それと、死んだら無になる、そう言ってオレを否定した父さんが、遺言では違うこと書いていた。あれは響いたね。
☆☆☆
──皆さまと再会できる時を楽しみに、あの世とやらでお待ち致しております──
読み上げた時、やっとわかった。どうして、オレを否定するように言ったのか。
否定されてムキになって反論してるんじゃ、自信がない証拠だもんな。
お前ホント余裕ないぞ。堂々と構えろ。自分を信じて。
鍛えてくれたんだね。
☆☆☆
ああ空が綺麗だ。
蒼く澄んでスッキリ爽やか。気分いいね。父さんの笑顔が浮かぶ。ミドリも笑う。タムオもピキも変わってない。そのままだよ。
寂しいけど嬉しいような──
わかってるさ。
オレも父さんも一つ。ミドリもタムオもピキも一つ。元は光り輝く生命の煌めきだ。
オレたちは宇宙の旅人
霊魂の冒険者なのさ
一つが二つに分かれた。出逢って別れてまた出逢う。泣いたり笑ったり。あはは~
そのままでよい
あなたと出逢えて嬉しいな
☆☆☆
ありがとうございました!
お蔭さまでシーズン1完結です。
皆様の波動に支えて頂き、心地よい執筆活動でした。改めて御礼申し上げます。
シーズン2は9月18日午後3時のスタート予定です。是非またお逢い致しましょう。
あ。西遊記の創作談話もお忘れなく♡
ではまた💚
ありがとうございます🎊