呼ばれた子ども
あれは呼ばれたんだね。
後に親族みなにそう言われる経験を小学生の時にしていた。
大好きだったおじいちゃんが入院することになり、その病院では手に負えず、別の当時最先端であった癌センターに移った。
おじいちゃんは曽祖父から引き継いだ貿易業を営んでいたこともあり、日常的に洋食、洋酒に、パイプ煙草をくわえ、フェルトのソフトハットかボーラーハットをかぶり、一部からは西洋かぶれとも揶揄されていた。
靴はバルモラルでいつもピカピカに磨かれていた。
そんなおじいちゃんは初孫であった自分の憧れの的で、洋食店やドイツ料理店、それからレトロで大人の気分が味わえるコーヒー専門店などに連れて行ってくれたものだ。
孫は他にもいたが、自分はとりわけ可愛がられているようだった。
西洋料理に大量の洋酒を飲み、パイプ煙草やシガーを口から離すことのない生活のせいで、食道癌になり、既に何ヶ所にも転移していた。
病名も知らなかったし、おじいちゃんが入院しても、必ずすぐ戻ってくると思っていた。
ある日、親族が集まっておじいちゃんのお見舞いに行くことになった。
もう暗くなる時刻だったし、病室には大人だけが入ることになり、自分や従弟たちは一階の広いロビーで鬼ごっこやかくれんぼをして遊んでいた。
何を思ったのかはよく覚えていない。
自分は階段を上がって二階へ行き、そこから廊下を走って、確か別の階段で三階まで上った。たくさんの病室が並んでいる中、反対方向に廊下を走って左側の扉を開けた。
え?
どうしてここが分かったの?
皆がいぶかしむ中、今日か明日と言われていたらしいおじいちゃんは、ベッドの上で顔をわずかに傾け、自分の方を見て、弱々しく名前を呼んだ。
おじいちゃん分かったんだ。
でもなぜこの部屋に来られたの?
もう外で待ってなさい。
一階で遊んでいなさいね。
翌朝、おじいちゃんが死んだと聞かされた。
うそだ!
本当なの。
でも最後に会えたね。
おじいちゃんが呼んだんだね。
子どもに限らず、こういう経験はたくさんの方がされていると思う。