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都市伝説のおばあさん
これも五十数年前、小学生だった頃の話である。
一人目はきちんと和服を着こなして草履で歩くおばあさんだ。
たぶん脚が悪かったのだろう。杖をついていて、摺り足で一歩十センチくらいしか進まない。
ところがあまりジロジロ見ていると怒らせてしまい、摺り足のまま加速して猛スピードになり、こちらが走って逃げていても、いつのまにか並走していると云う。走行中の車を笑いながら追い越していったというまことしやかな話まであったから、子どもたちの間ではとにかく加速がスゴいと恐れられていた。
二人目は通称、「毛ぇ長」(けぇなが)。
腰くらいまでの真っ黒な長髪で、速足で歩き、しかも一歩一歩が大股。
こちらは一度目が合っただけで追いかけて来て、長い髪で絡め取られ捕まってしまうと云う。捕まった後どうなるかまでは語られていなかった。
自分は二人とも見かけたことがあるが、一緒にいた友だちに見るなっ!と注意され、それを忠実に守っていたので?怖い思いをすることはなかった。
一人目は確かにおばあさんだったが、毛ぇ長の方は四十代か五十代のおばさんだったと思う。とにかく二人とも子どもたちの想像力で、それはそれは恐ろしい存在に仕立て上げられていた。
捕まったと話す友だちもいたが、最後には必死に逃げて助かった、というオチが必ずついた。結局は何事もなく帰って来れたのだ。
自分が知る限りだが、不思議なことにこの種の話は、小学校の学区をまたぐことは決してなかったと思う。自分は途中で転校して隣の学区に移ったのだが、そちらでは毛ぇ長などはまったく知られておらず、別の都市伝説が語られていたからだ。だから同じ都市伝説が語られるのは、最も狭い範囲でたぶん半径2キロくらいのものだろう。
子どもから見れば、和服を着て杖をつきながら異様にのろのろと歩くおばあさんは、こちら側ではなく「向こう側の存在」だったのだ。
また毛ぇ長の方も、単に少々迫力のあるおばさんに過ぎなかったと思われるが、その風貌や歩き方から、「向こう側の存在」、「異形の者」として認識されていたのだろう。
よく言われることだが子どもには正直すぎて残酷な面があるのだ。
もしも誰かが後をつけて行って住んでいる家を特定したとすれば、普通の家に暮らしている普通の家庭だったのではないか。しかしそれでは神秘的ではないから面白くないのだ。谷崎潤一郎の短編小説「秘密」のような結末になってしまい、興味の対象からはずれてしまう。
ネットを見れば分かるが、異様に走るのが速いおばあさんというのは、都市伝説の中では日本中に生息しているのかも知れない。