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 鉄棒の上に両手でしっかりと掴まって腰かけていると、こちらへやって来て細くすべすべした指を侵入させてくる。
 短パンのわずかな隙間から掻き分け掻き分け侵入させてくる。
 上目遣いで薄笑いを浮かべながら、指は脚のつけ根から性器にまで到達し、蛇のようにくねくねと動き回る。

 女子のように細っそりした体と顔の輪郭。
 光沢を放つ浅黒い肌。
 いたずらっぽい眼。

 自分を性的快感に目覚めさせたのは女子ではなかった。
 感じていることを悟られるのが恥ずかしくて、いつも途中で鉄棒から飛び降りて逃げてしまった。
 しかしどうやらS君に気に入られていたようで、お互い遊び仲間のグループは違っていたけれども、一人で鉄棒で遊んでいると決まってやって来る。自分も何となく後ろめたい思いを抱えながら、心の中では彼が来るのを待っている。

 S君に誘われたのだと思うが、家に連れて行かれたことが一度だけある。

 駅の方から山の手の住宅街を抜けて行くと板張りの小屋があった。
 戸板を開けるS君に続いて入ると、薄暗い中に何かの内職をしているお母さんらしき女性と、その傍に小さな弟か妹かが座っているのが見えた。
 S君が椅子をすすめてくれたので、木の切り株のような所に座った。
 酒屋さんがビール瓶か一升瓶をまとめて収納しておくための木箱。それを上下ひっくり返したのがテーブル代わりだった。
 窓ガラスはなく、板塀の二、三箇所が外に向けて開く小さな窓になっていて、つっかえ棒で固定されていた。

 自分は正直、怖かった。
 同時に、怖いと感じていることを絶対に誰にも悟られてはいけないと思った。
 せっかく自宅に招待してもらっているのに、できるだけ楽しそうに振る舞わなければ失礼に当たる。

 お母さんと思しき人はそんな自分の心の動きなどお見通しで、外で遊んでくるようにS君に促したように思う。滞在時間はものの十分くらいではなかったか。

 住宅街のはずれにポツンと建っていたS君の家。

 他に同じような家はなかったから、集団ではなくS君の一家だけがそこで生活を営んでいたのだと思う。

 ずっと後になってから、日本には古来よりサンカと呼ばれていた人たちがいたことを知った。
 瀬降り(せぶり)という三角形の小さなテントのような家を建て、河原や山奥で蓑作りや蓑直しで生計を立てなから移動していた人々。
 近代になってからは徴兵のための戸籍の整備により、徐々にその数が明らかになってくると同時に、平地の民に同化させられていった人々。
 同化したサンカの人々は1970年代までは記録に残っている。

 S君の家は壁が板塀で、屋根も板葺きだったと記憶しているので、サンカの瀬降りとは形状は異なる。平地の民に同化していく過程にあったのかも知れない。

 忘れられないのは、S君の浅黒い肌、しなやかな身のこなし、野生的な走りの速さ、いたずらっぽい表情、天真爛漫さ、官能性。
 これだけで決めつける訳にはいかないけれども、神性なのか聖性なのか、いま思い出せば彼には他の子にはない神秘的な性質が備わっていたように思う。

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