「母の絵」
ときおり実家に赴いては母の介護を手伝っている。
母と同居している妹が普段はサポートをしてはいるのだけれど、たまに息抜きをしたいと依頼が来る。
わたしの出来ることは食事の用意や身の回りの世話くらいなのだけれど、妹にとっては任せられる時間が必要なのだと思う。
今日、あまり使われることがなくなった母の部屋に掛けられていた一枚の絵が目にとまった。
![](https://assets.st-note.com/img/1732172161-tZA0rVX5akxWg1vjhs8EwYF4.jpg?width=1200)
「この景色の中に吸い込まれて行きそうだなぁ。」
「この空間に入ってみたくなったなぁ。」
と、しばらくの間見入ってしまった。
見慣れた絵のはずなのに…。
退職後、母は絵画教室に通い始めた。
ときおり見せてくれる絵を見る度に
「頑張って描いたんだなぁ」と母の努力に意識が向くことが多かったのだけれど
今日は、ひとつの作品として絵がわたしに訴えかけてきている感じがしたのだ。
身内というのは欲目もあれば、これまでの思い込みで相手や相手の力量をジャッジすることが起こる。
それが何かの拍子で外れて「わたしと絵が出会う」ことが起こったのだと思う。
絵を観ながら感じたことを母に伝えると
「そんなふうに言ってもらったのは始めてだ」と
何度も絵の具を塗り重ねた苦労話を語り始めた。
背景の真っ黒に見える森(山)を描くことにいちばん時間を費やしたそうだ。
ここに描かれている尾瀬の景色は母にとって亡き父との思い出の場所だったらしい。
父があの黒い森に眠っているように見えた。
そして、母ももうすぐあの黒い森に還っていくのだろうか…と思うと込み上げてくるものがあった。
![](https://assets.st-note.com/img/1732172282-nF8giTkBL526peEuY1NUR4rb.jpg?width=1200)