幸せの形
気がつけば、12月も下旬。
この1ヶ月、怪我を立て続けにしてしまって日常生活もままならなかった。
原因は、自分を過信しすぎたこと。
といったらかっこいいが、自分のケアを怠ったことが原因だ。
無理はしないけど無茶はするタイプなので、周りに制御できる人がいないと自分の限界に気付けないのだ。恥ずかしいがこれがなかなか治らない。
そんな私への神様からええ加減にせいよと言ったお告げな気がしている。
いや。周りが助けてくれる人から無茶できるのでは?と感じるのだろうが
一番身近な旦那:パートナーとして選んだ相手は察せない、気付けないタイプ。
人前では平気なフリをしてしまう私を見て「大丈夫」とおもう人だ。
自分を律することが好きでエアコンをつけてくれず、夏に自宅で熱中症になって意識が飛んだ私に気づいていなかったこともいい思い出。
直前に喧嘩したので急に返事をしなくなったのは、不貞腐れてると思ったらしいが、自分の命のことに精一杯でそれどころじゃなかっただけだがw
機嫌悪いなと思ったら、絶対に近寄らない。見ない。いや。機嫌悪いときは大体自分の体のことで精一杯だからなのだが、7年一緒にいても気づかないので、横で息を引き取っていても不思議ではないといつも思っている。
そんな旦那でも一緒にいれるのは、やっぱり隣の居心地がいいのだ。
スペックとか親の強さは関係なく、ただ一緒にいるのが好き。
自分が結婚する相手としての条件がピッタリ当てはまるのだ。
選択のセンスが皆無な我ながら一生に一度の大正解だと思っている。
そんなこんなで整形外科に整骨院に通い詰めの日々だったのだが、
大好きなお稽古事は続けられているのは、そんな気付けない旦那のおかげ。
好きなことを限界まで頑張れて、けがは痛いけど幸せなのだ。
ただ、
来年からは少し自分のケアもルーティーンに入れていこうとは思っている。
無理もしない。無茶もしない。 自分を大切にする発見があった2024年だった。
そうやって反省ができる様になったのも大きい収穫。今まで反省というより責めていたから、大人になったなあと今、文面を見て思った。