レッジョ・エミリアの教育思想のおもしろさ(前編)
イタリアの小さな街、レッジョ・エミリアの教育についてここで探っていきたい。
いろいろな資料をみてみると、単に子どもの教育と捉えるにはもったいない深い価値観や哲学に裏付けられていて、人が共存し、互いに成長するヒントがたくさんある。
❶最古の大学があるイタリア、エミリア・ロマーニャ州
レッジョ・エミリアの街があるイタリアの北部、エミリア・ロマーニャ州。古くからこの地方は農産、畜産品の豊かな地域。イタリアでも特に食通の州として知られ、生ハムで有名なパルマ、チーズはパルミジャーノ・レッジャーノ、バルサミコ酢はモデナなど美味な食材に恵まれ、世界各地に届けられている。
州都はミートソースパスタ(ボロネーゼ)発祥のボローニャで、ヨーロッパ最古の大学(ボローニャ大学※)がある。この成り立ちが面白いので少し触れると、古代ローマ時代、2000年以上前から続く有名な主要交易路(通称:エミリア街道)の商業ハブがボローニャだった。この街が栄ると取引契約などの交渉ごとが増え、若者たちが学者に相談に行くなどの集りが増えた。この利害交渉、法学を学ぶ学生集団が起源となってボローニャ大学が1088年に創立。ちなみにユニバーシティの語源となったラテン語のウニウェルシタス(universitas)は自治組合という意味。
学生が中心となって、教授の選定、給与、授業料などを決める運営体制ではじまった大学は1563年までこれといった校舎がなく、街の広場や教会、教授宅を教室にしていたそう。このような前衛的な学習現場の噂を聞きつけた探究心旺盛な学生(ダンテ、ガリレオ、コペルニクスなど)が欧州全土から押し寄せ、小さな街だったボローニャは一気に人口が増え、学術都市として有名となった。いまだに約40万人の人口の4分の1は学生と言われている。
❷市民運動で獲得した自由〜戦後からの復興
イタリアの第2次世界大戦の終わりはドイツや日本と違って、内部から起こった。武装蜂起した市民(パルティザン)が独裁政権のファシスト党ムッソリーニを追い詰め処刑したことで終戦への道筋がつくられた。イタリア人としては平和と自由というものが連合軍(米、英、仏など)からの贈りものではなく自分たちが獲得したという誇りがある。
このパルティザン運動の中心地盤がエミリア・ロマーニャ州。
この州の真ん中あたりにある街(ボローニャ大学の分校もある)、レッジョ・エミリアは戦後、壊滅状態にあったがれきの山から復興する。ファシズムに屈したローマカトリック系の幼稚園に自分の子どもたちを預けたくなかった人々はナチスが残していった戦車やトラックをスクラップにして現金化し、これを元手に幼児学校をつくることとした。
地元の農家から土地の提供してもらい、自らレンガを焼き、積んで、市民共同(女性組合)で学校をつくった。この協同組合運動から生まれた保育所は長く周囲の支援を得ながら、約20年経てイタリア初の公立保育所として認可(1963)された。
❸ブレーン:ローリス・マラグッツィ
教師ローリス・マラグッツィは、独裁的な政治指導と戦争に翻弄された子どもたちや家族のために、より良い未来を築く手助けをしたいと決意していた。要は簡単に洗脳されない、批判的思考を備えた民主的な市民の育成を志していた。
戦火の爪あとが著しい学校の学習支援も続けながら、心理学を学び、多様な教育思想の理論を実践できる環境を探し求めていたとき、独裁政権から自由と平和を奪還し、2度とそんな未来にしたくない(子どもたちにそんな思想を持って欲しくない)想いを持つ親(市民)たちと出会う。
マラグッツィの想いとも重なって、レッジョ・エミリアの教育プロジェクトが発展することになる。
市民運動を尊重し、共同体としてのあり方を大切にしていたマラグッツィは、独自の理論を展開することなく「教育現象のすべてをまとめる教育理論はない」という考えで、先人がまとめた多様な教育思想を吟味し、実践から理想を追い続ける。
このような成り立ちで、マラグッツィはまとまった著書を残さず
理念としては、詩※があるだけ。学校の時間割・カリキュラムがなく、子供の探究心をサポート。0−6歳児までの乳児と幼児学校ができた。
しかし、これだけでは注目されることはない。
戦後40年以上かけ、まとまってきた実践の記録、そのアプローチが公開されたことで世界から注目され、私たちも知ることになる。子どもたちの未来を考え、環境をつくろうと大人たちが学び、大切にしてきた実践を次回にまとめる。
追記:世界最古の学術都市ボローニャをより詳しく知るには「ボローニャ紀行 井上ひさし(著)」がすごく面白いです。関連本としてボローニャの大実験~都市を創る市民力 星野 まりこ (著) も!
ご興味あるかたはオススメです。
参考:
ムッソリーニを逮捕せよ 木村裕主(著)
ムッソリーニの処刑 イタリア・パルティザン秘史 木村裕主(著)
ボローニャ紀行 井上ひさし(著)
ボローニャの大実験~都市を創る市民力 星野 まりこ (著)
イタリア学習社会の歴史像 佐藤一子(著)
レッジョ・エミリアと対話しながら―知の紡ぎ手たちの町と学校
リナルディ・カルラ(著)里見 実(訳)
発達156: なぜいまレッジョ・エミリアなのか。 ミネルヴァ書房
子どもたちの100の言葉- レッジョ・エミリアの幼児教育実践記録
驚くべき学びの世界- レッジョ・エミリアの幼児教育
田辺敬子の仕事 教育の主役は子どもたち ─イタリアの教育研究から見えたもの