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一番賢くなるのは、誰よりも先に「知らない」を言える人だ。

もうすぐ6歳の娘が最近よく、知ったかぶりをする。
知らないことを聞かれると
「知ってるけど言わなーい」と答えるのである。
「言わないってことは、本当は知らないんじゃないのー?」とちゃかしたりすると、「知ってるよ、本当に!」とぷりぷりむくれっ面をする。

例えば今日も。
我が家では、夕飯中にAmazonのEcho Showに向かって「今日の魚」や「今日の猫」を訊くのにハマっているのだが、今日の魚は「ネズミフグ」だった。

「今日の魚はネズミフグです…ネズミフグは海水魚で…」とEchoが言い始めたところで「娘ちゃん、海水魚ってなんだか知ってる?」と尋ねてみた。
すると「知ってるよ。知ってるけど言わなーい」と。
でたでた、知ったかぶり大魔王。

この「知ってるけど言わなーい」について
「知ってるなら教えてよー!ねえねえー!いけずー!」と言っても
「やーだよ」っと言われるのがオチ。びくともしない。
なので今日は趣向を変えてこう言うふうに伝えてみた。

「ママのお友達の頭のいい〇〇ちゃん知ってるでしょ?彼女、知らないことはすぐ「知らない知らない教えてー!」って言うんだよ。それで周りの人にどんどん教えてもらって、どんどんどんどん知ってることを増やして、もっともっと頭が良くなってるんだよ!だから賢い人になりたかったら知らないことは知らないって言った方が早道だと思うんだなー。それに、ママは娘ちゃんが海水魚を知ってても知らなくても大好きだって知ってるでしょ?」

すると娘は「うん、知ってる」。
娘の表情から、「どうしよっかな…知らないって言おうかな…でも知ってるって言った手前やっぱり知らないって言えないしな…とりあえず…逃げろ!」という心の声はダダ漏れ。2階に駆け上がる彼女の後ろ姿を見ながら「しめしめ、響きましたね」と内心ほくそ笑みながら茶をすすった。

娘の負けん気の強さは私譲りのようだ。「私は色んなことを知ってるんだよ!」と見せびらかしたい気持ちを持っていること。なんでも一番になりたいと躍起になるところ。私の子どもの頃のデジャブのようで目を覆いたくなる。振り返ると、負けん気が強いこと自体は私の成長の上で悪くなかったとは思う。しかし「自分はこれでも価値がある」という肯定感がない負けん気の強さだったので、どこまで頑張り続けるべきかわからず、負けることに怯え、最後には燃え尽きてしまった。だから娘の「人に見せびらかしたい」「誉めてもらいたい」気持ちを認めつつも「親はいつでも自分を見ているという安心感」と「誉められなくてもやりたいことを見つける好奇心」を育んでいかなければ!と燃える今日この頃なのである。

日々の生活の中で、誰かからの褒め言葉や承認を待ち望んでいる場面は大人だって多々ある。でも「私を見て!誉めて!」という気持ちは、ゴム風船なのだ。ビョーンと簡単に膨らんで、でも中身は空気だからいつもふわふわと心許ないまま。他人からの承認という空気は、入れても入れても不安定で、たった1mmの針の一撃でパチンと割れて消えてしまう。だからこそ、誰かの褒め言葉という「空気」で自分を膨らませるのではなく、自分がそれを知って「嬉しい!」とか、知りたい気持ちを「満たせた!」とか、時間をかけて調べて「やっとわかった!」とか、そういう自分の経験で心の根っこが深まっていくような、そういう育ちをサポートしたいし、私もそういう人間でありたい。

願わくは、娘が知らないことがあったらでっかい辞書を持ってきて一緒にわいわい調べられるような親でいたいと思う。正直、最近はウェディングイベントの仕事が続き、毎晩疲れ切っていて、娘への眼差しが足りなかったと反省している。今週はちょっと仕事をセーブして、娘との図書館タイムを作ってもいい。今はAIもあることだし、調べれば大抵のことは一発でわかるが、調べたその先で娘の好奇心が刺激されるように、隠れてあれこれ仕込んでいくのも案外楽しそうだ。さすがにネズミフグはあまり可愛くないので、「今日の魚」はパスしておこうと思うが、いつか調べた動物を飼ってみるというのも面白いなあと思っている。

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