タバコを吸っていた頃の話【エッセイ】
タバコを吸わなくなって10年は経ったと思う。
いつ止めたのかちゃんと覚えていないんだけど、東日本大震災の時には吸っていなかったと思う。いや怪しいな。でも2012年には止めているはず。
逆にタバコを吸い始めた時ははっきり覚えています。
ぼくは大学で学生演劇を少しやっていたのですが、その公演中に吸い始めました。マチネ(昼公演)とソワレ(夜公演)の間に急いで弁当を食べるのですが、仲間から「タバコを吸うと、飯を食った腹が落ち着く」と言われて、じゃあ一本ちょうだいよってことで、喫煙生活がスタートしました。
年齢的には二十歳の時。遵法精神に則って紫煙を燻らせていました。
でもですね、基本的にタバコが体質に合わないほうなんです。あまり吸い過ぎると気持ち悪くなってしまう。だから1日に1箱消費するかしないかの比較的マイルドなスモーカーでした。銘柄もニコチン1mgの軽いやつしか買っていませんでした。じゃあ止めた方がいいんじゃないかと思われるでしょう。ぼくもそう思いました。で、学生時代は何度となく禁煙に挑戦しましたけど、もって1週間。無理でした。
一度ニコチンを摂取する生活に慣れるとですね、なかなか断つことができません。ニコチンの薬理作用による「タバコの美味さ」もそうなんですが、結局、仲間とつるんでいる時に吸ってしまうんですよね。大学生なんて時間が余っているし、その余っている時間は誰かと喋っているんだから。
ぼくが大学生のころは、まだタバコも安かったし(確か吸い始めた頃は240円)、路上喫煙やポイ捨ても条例で禁止されていなかったので、ぼくの周囲は男女問わず結構吸っていたように思います。うん、吸っていない人のほうが珍しかったですね。みんなタバコとライターは持っていたから、切れたらよく貰っていました。
映画や芝居のことを熱っぽく語ったり、恋愛について相談したり、小難しいことについて議論をしたり、若者らしいとりとめのない言葉を煙と一緒に吐き出していました。
飲み会とか徹夜のカラオケとか、タバコの臭いとともに思い出します。
自分が吸わなくなってから、あの臭いはちょっと受け付けなくなってしまったんですけど、思い出の中の臭いはわりと好ましいですね。不思議です。
喫煙所という空間も結構好きでした。
タバコを吸っているという理由だけで、赤の他人と一緒の空間に居合わせるわけですが、喫煙者同士の独特の身内感覚があって面白かった。
声をかけやすいので、上司にお願いごとをする時とか、聞きにくいことを聞く時にわりと狙って使っていましたね。
ぼくはCM制作の仕事をしていたので、タレントさんを撮影することも多かったのですが、喫煙を公表していない方が実は喫煙者で、ということがありました。
「秘密」というほどではないですけど、大御所の役者さんだったので、イメージ的に公表していないということなのでしょう。こういった撮影の際は、事前にキャスティング会社を通じて、タレントさんに関する情報は受け取っているものなので、スタッフ側としては喫煙者という情報がない=タバコを吸わないという認識になります。控え室の灰皿さえ用意していませんでした。
でも実際はなかなかのヘビースモーカーの方だったみたいで、撮影中の待ち時間にスタジオ内にある空き部屋でこっそり吸っておられました。ぼくはたまたまその部屋に物を取りにいってバッタリと出くわしたわけですが、何かいけないものを見てしまった気がして落ち着きませんでしたね。反射的に謝って退散しました。
その後すぐ、広告代理店の偉い人が、ちょっとした打ち合わせをしたかったみたいで、その空き部屋に何人かでドカドカと乗り込んでいってしまい……全員青い顔で謝りながら出てきました。
誰も悪い人間はいなくても、悲しいことは起こるという良い例でしょうか。
まあ本来、立場的にはタレントさんの喫煙場所を用意していないぼくに責任があるのですが、あれは面白かったな。
何の気なしに、タバコについて書き始めたんですけど、段々とエピソードを思い出してきてしまって、いま着地点が見つからなくなっています。困ったな。
ちょっと一服して考えてきます。