【小説】恋の幻想
初めて会った時に抱きしめてくれた裕子さんを、今度は私が抱きしめている。
私は自分のこれからしか考えていなかったけど、裕子さんは他人である私のこれからを考えてくれたんだよね。
あの時には寂しい気持ちは有ったのだろう、共有できる人を見つけられない世界に1人で居たんだな。
そこでハッと気づく、誰もが恋愛して好きに為ったりするわけじゃ無い、恋愛が出来る人も実は少数派なのかも知れない。
裕子さんの背中に腕を広げて、身体ごと抱きしめてみる、人が触れ合うことによってしか感じる事の出来ない優しさを感じて欲しかった。
子供が親と触れ合うほかは、恋愛で無いとふれあいの時間は余り無い、でもそれが出来なかったら。
恋愛と云う脳の中の幻想かも知れない部分を、他人と共有できない痛みはきっと本人にしか解らないのだろう。
「裕子さん、良平さんも知っていたんですか?」きっと知っていたのだろう、それでも婚約をしたんだ。
聞かなくても良い言葉を出してみる、もし本当に良平は裕子さんが好きで、今の状態を続けていたのだとしたら、私の頭の中から離せない疑問だ。
「良平も解っていたよ、私が恋愛って気持ちが解らない、特に性的な関心は男性にも女性にも無いって言ったんだ。」裕子さんが続ける。
「でも、いいよって言ってくれて、自分も今は好きな人は居ないからって。」泣いていた。
「優しすぎるんよ、良平は。」言葉を繋ぐのが難しいみたいに、ボツ、ボツと言葉を出している。
「優しいんですよね良平さん、私も救われましたもん、でも裕子さんが婚約破棄してなければ、私は結婚とか考えなかったですよ。」と答える。
「だってね、酷いでしょ、自分が1人で年を取るのが寂しいからって、そうでない人を引き摺り込むのは。」裕子さんは顔を上げる。
「でも、1人で年を取るのが怖いからって結婚する人は沢山いますよ、裕子さんが自分に厳しすぎるんですよ、好きだからって言っても、それが続くとは限らないですしね。」慰める様に言葉を掛ける。
「ちょっと待って、今から結婚するって人がそれ言う、駄目だよ、良平に言っちゃうよ。」茶化すように言う。
何時もの裕子さんに戻っている、私が見ていたい裕子さんだ、自分が見たい所を見せて欲しい。
そんな風に感じるのは身勝手かも知れないが、人間は誰しもそんな部分を持っていて、そこは許して貰いたいなと思った。
「裕子さん、寂しいならここに来たら良いですよ、だって私は好きですもん、裕子さんが。」