【小説】さよならしか言えない。
「さよなら。」それしか言えなかった。
「せめて、何が悪かったのかを教えてくれる?」彼の言葉が縋りつく。
でも話すのは無理だこんな話、だれも信じてくれない話だから、言わないで離れるのが一番いい。
私には人とは違う特技が有った、手を繋ぐと悪意が感じられるのだ。
「お母さん、あの人気を付けた方が良いよ。」手を繋ぐのではなくても、手が触れるだけで悪意を感じる時には、親に忠告したこともあった。
「何言ってんの、PTAで一緒でいつもお世話に成ってるんだから、そんな事を言うもんじゃありません。」と叱られた後で、PTAの予算を勝手に使われていたなどの問題が起こるのだから、親も私を持て余し気味だった。
「あんた、手を握ったりしたら、悪い事を考えてるって解るって、人さまには言っちゃ駄目よ、誰も付きあってくれなくなっちゃう。」言われなくても解っていた、母は私と触れ合わない様に、気を付けているみたいだ。
「あの子は気持ち悪い。」父親に訴えたりして、何とか私から離れようとしているみたいだった。
大学生に成って地元を離れて生活する時期が来た、学生は騙されたりするから、気を付けろよ、父は言ってくれた。
「この子なら大丈夫よ。」私に触れない母の言葉は、私の心を切り裂くようだった。
自分の力が呪いだと思った時期もあった、感情が解ったりしなければ、人を信じるのがもっと簡単だったろうに、その考えは頭に蔓延っていて、むしり取るには相当な努力が必要だった。
大学に行って、何も解らない学生として生活し始めると、友達から男の子を紹介される。
「昌子はまだ彼氏できないの?紹介してあげるよ。」そんな言葉と共に引き合わされたのが彼だった。
最初に会った時にまずは手を繋ぐようにしている、手を差し出して挨拶するなんて外国人じゃあるまいし、友達が笑っても気にはしていられない。
『いい人だ、気持ちの感触しか解らないけど、悪意は持って居ない。』自分の力が良かったと感じる日が続いた。
ある日の約束で待っていると満面の笑みの彼、いつもよりも開いた笑顔で何が有ったんだろう、そう感じていた。
彼の手を握る、ああそうかもう私が好きでは無くなったんだな、心が辛いと声を上げている。
その満面の笑みは、作らないと顔に悪意が溢れ出してしまうからなんだ、別れたくても別れられないからか。
次に会う日を決めて、今日はせめて楽しく過ごしていきたい、次の約束まではなんてずっと気持ちを引きずってきた。
そして今日はお別れだ、さよならしか言えない、私の恋。