【小説】恋の幻想
「取り敢えず食べよう、温かいうちにね。」一人一個づつ食べようと買ってきた弁当を前に置く。
「温めてきたんだ。」裕子はお弁当の上に手を翳して、温かいかの確認だ、電子レンジは有るから、冷たければ温めようと考えたのだろう。
「直ぐ食べるんなら、温めてくるだろ、温かいうちに食べよう。」わざわざ温めたんだから、直ぐに食べたい。
「温かい、ありがとうございます。」女の子が弁当の蓋を開け乍ら、話してくる。
ありがとうしか言わないんだな、名前とか年とかこっちが聞くのも問題あるし、たぶん裕子が上手く聞き出すだろう。
3人で同じ弁当を食べるのは不思議だ、何の繋がりもない家族でも無い人間3人が同じ弁当をつつく。
机の上に3個並べて弁当が有り、それしか自分たちは繋がりが無い、同じ弁当が人を纏めているのかもしれない。
コンビニの弁当は何人の人間が同じものを食べるんだろう、違う場所で弁当だけの繋がりで食べている人もいるのかもしれないな。
自分の子の好みよりは少し味が濃くて、食べ続けたら高血圧になるかもしれないと考えながら、パクパクと箸を進める。
ふと弁当の中身から目を逸らして2人を見ると、女の子が涙を流している、涙は苦手なんだよな。
裕子の方を見ると、女の子を見ながら、少しづつ弁当を摘まんでいる、弁当よりも女の子が気になるらしい。
「どうしたの?」聞いてみないと解らないからな、聞いて嫌な顔されても良いから云う。
「暖かくて、嬉しくて。」弁当を一つずつ箸で摘んでは、口に運んでいる、そこで温かさを確認している様だ。
「普通のコンビニ弁当だよ、温めて貰ってきただけで、美味しい物作ったとこじゃないんだから。」泣くのを止めて欲しくてぞんざいな言葉に為る。
「温かい食べ物って久しぶりなんです、いつも冷たいので。」なんて言ったらいいのか解らない。
「冷たいご飯しか食べてなかったの?」裕子が探りを入れる様に、聞いている。
「そうです、冷たいっていうか、そこに在る食べ物を何とかするしかなかったから。」言いにくそうに答えている。
「親と住んでたんでしょ、食べ物が無かったの?」畳みかけている。
「もう高校生で親が作ってくれなくても、自分で作ればいいんですけど、何も無かったら仕方ないから。」後で裕子が聞くと思って、自分は言葉は出さない。
聞いてもどうにもならない方が多い、人生なんてそんなものだと、自分自身が思っているからだ。
大人に成るまでは居てくれると思っていた親は居なくなり、一緒に家族に成ろうとした人は離れていく。
人生なんてそんなものだ、だから泣いてるのは理解できなかった。