【小説】恋の幻想
良平さんは随分年が上だから、相手にして貰えないかも知れないななんて考えていた。
世話を焼いてくれたのもきっと、捨て猫を拾った感覚だったのだろう、そう感じていても、惹かれていくのは止められない。
裕子さんが家に来なくなったからと言って、付き合って貰えるとは思わ無いが、言ってみるのは自由だ。
「裕子さんみたいに大人じゃ無いけど、子供じゃなくて恋人として見て欲しい。」そこはハッキリ言っておく。
良平さんは本気にしていない顔をして私を見ている、私の言葉が空虚な物にならない様に願いながら顔を上げる。
困った顔だ、優しいから断るのは難しいのかも知れない、断ったって嘆いたりしない、そんな事位って思えるほどには経験が多い。
「今の所は考えられないけど、会ってるうちに気持ちが変わったらね。」言葉が子供をあやす様だ。
自分が相手にされない歳だって解っている、だからと言って何も言わずに諦めるのは嫌だ。
ここまで何もかもを諦めてきた、両親の優しさや守ってくれる何か、子供なら与えられる物を全て諦めてきた。
子供の頃には普通が解らなかった、自分の置かれた環境が普通なのであって、多くの人が経験している状態が、一般的なとか普通と言われるとは思っていなかった。
生まれ育った家では、私は必要とされていなかった、生きる為で無ければ自分もそこに居る事は無かったのだろう。
生きるのは平等じゃない、望んでそこに生まれ落ちた訳でも無いのに、私は其処で生きるのを強いられてきた。
ほんの小さい時には優しい母親が居たから、対比もすごかったが、大きくなると、諦めや絶望が周りを渦巻いていて、諦めるのに慣れてしまっていた。
ここに来て仕事も住む所も与えられて、自分で生きて見て初めて諦めないことも必要だと考える様になった。
感情は誰にも左右できないから、良平さんが嫌だと言えば、自分に言い聞かせようと思っていた。
人の感情は諦めるしかないんだと。
良平さんが嫌いだと言わないのに、私は希望を持ってしまった、良いよね困ると言われたわけでは無いんだからね。
「解ってます、こっちは諦めないですからね、忘れないでくださいね。」こう言って於けば考えてくれるだろう。
裕子さんは元婚約者だけど、今では違う人と付き合って居るみたいだから、この状態には文句はないよね。
心の底では、ここに来た時に一番親身になってくれた裕子さんに、罪悪感が芽生えていた。
今はその罪悪感の芽を抜いて、まっさらな土に恋を埋めようと思っていた。