【小説】SNSの悪夢
夫が逮捕されて、弁護士との連絡や仕事で何時もより忙しくしていて、携帯を見る暇も無かった。
娘も普段通りに学校に行っていて、夫が逮捕なんて間違いで、これからもこの生活が続いていくのだと考えていた。
弁護士との連絡で、どうも示談にして貰えそうで、良かったとホッとしていた矢先、娘が学校から帰ってきて言った。
「もう嫌、学校には行きたくない。」突然の宣言に驚いていると、携帯を突き出してきた。
「どうしたの?何なのこれ?」何だか嫌な気持ちがする、こんな時の感覚はよく当たる。
「これ見て、聞いて、お父さん知っている人なら、絶対に解る。」泣きそうな声で言った。
彼女の携帯を覗き込むと、SNSで拡散されている音と絵が有った。
それはこうだった。
○○電車の車両の○両目は痴漢が出るので有名だ。
今日も女性に手を掴まれて、警察に捕まった人間がいた、電車は問題が多いな。
『「どうです、この動画で手のほくろが見えますよね、その手が痴漢をしているのも解かる筈だ。」
「大体、チョット触られたくらいで、大げさなんだよ、スカート穿いてたら、触られるでしょう、嫌ならパンツで電車に乗ったら良いんだよ。」』
画像で夫だと解る人は少ないだろう、でも声や話し方で知っている人間なら絶対に解る。
誰がこんな物を流したの?
他人の生活を壊して何が面白いの??
怒りが身体に湧いてくる、何かに文句を言ってやらなきゃ如何にも収まらない。
だけど、今は娘の方が大事だ、ここで何を云うかで、これからの彼女が変わる。
「これってお父さんかどうかは解らないでしょ。」よく似た声の人かもしれない、一縷の望みで娘を説得する。
「どう見たって聞いたってお父さんじゃ無いの、お父さんを知っている人なら、誰でも解っちゃうよ。」娘の声が興奮で大きくなる。
「だけど、作られた物かもしれないでしょ、今時はAIで作ったりするって言うでしょ。」彼女が言い訳を欲しいわけでは無いのを知っていて、こんな風に対応する自分が嫌になる。
「問題はこれが出たって事なんだよ、お父さんが犯人か如何かなんてどうでもいい、お父さんみたいな人が痴漢して、それで捕まったって、拡散されたんだよ、嘘かどうかなんて誰も考えないし、何言っても信じないんだよ。」そうなんだ、SNSで拡散された事実は検証されたりしない。
そこに上がっただけで、もうそれは真実になって、人の口の端に上ってしまう。
娘も私も夫も言い訳をしても、お金で償っても、取り消しは出来ないのだ。