【小説】恋の幻想
私が説明しようとすると、裕子さんが「そう言えば名前を言ってなかったよね。」と言い出した。
「そうですね、しっかりとした自己紹介はしていないですね。」と答えた。
「私はちゃんと自己紹介したよ、ねー忍ちゃん。」と裕子さんが自慢げだ。
「そりゃー、一晩一緒に居たらそんな話位するだろうよ。」とお兄さんは不満げだ。
「すいません、名前も言ってなくて、私、三村忍と言います。」改めて自己紹介だ。
「いちいち謝らなくていいよ、俺が聞かなかったんだから、俺の方は高橋良平という、そっちの女は吉村裕子、聞いていると思うけどね。」自分だけ名前を聞いていなかったから、怒ってるのかもしれない。
「言い方はぶっきら棒だけど、怒っているわけじゃ無いからね、この人いつもこんな感じなの。」と裕子さんが言い訳している。
二人は元婚約者って言っていて、今はもう何も無いって言っていたけど、まだ恋人同士みたいだ。
「仲良しなんですね、お二人何だか息が合ってる。」そう言ってみる、思った以上にいい関係を築いてきたんだ。
「もう、仲良しって訳じゃ無いけど、こいつがここに勝手に来てるんだよ。」困ったような顔で裕子さんを見ている。
「私が知っているどんなカップルよりも仲良しですよ、そんなにカップル知ってるわけじゃ無いけど。」こんな風に何気ない会話が嬉しい。
裏が取られるんじゃないかと、言葉を考えて出すには時間が掛かる、だから答えが遅くて、のろまだと言われていた。
言っても問題にならないのなら直ぐに言葉が出せる、この二人は何を言っても気にしないだろう。
「私が押し掛けているだけなんだよ、婚約は解消したけどね。」裕子さんは薬指を撫でながら、答えてくれる。
「こっちも困ってるわけじゃ無いからね。」と良平さんも言っている、親がこんな感じだったらいいのに。
ふと思った。
「私の親は余所余所しくて、見てても共同生活者って感じじゃ無かった。」小さい声で呟く。
「お父さんとお母さんの仲が悪かったの?」良平さんの質問が飛んでくる、自分の状況は言いにくいけど、話してしまわなければならない。
「親の仲が悪かったのかどうかは解らないです、私は喧嘩も仲良くしている所も見たことは無いので。」
「母親は実の親じゃ無いので余り口を利かないし、父親も家に居る時間が短かったから、家庭って感じじゃ無かったんです。」と説明した。
「お兄さんが居たんだよね。」裕子さんがさりげなく、そちらの方向に話を向ける。
「はい。」そう答えた。