【小説】恋の幻想
「いいね、そんなに好きなんだ、私とは違うね。」裕子の声が少しくぐもる。
結婚すると此処にはそうそう来れなくなると考えているのだ、結婚してるのと、結婚していないのでは、違ってきて当然だから。
「裕子さんももっと好きな人が出来て、一緒に生活すると良いんじゃないですか。」解っていても、解らないふりで言葉を使うのが、忍の優しさなんだろう。
裕子にとって俺は傘を差しかけてくれる人間だったのだろう、人の傘の中に入っても濡れてしまう、自分で傘を差すのが良いと思っていても、それが出来ないでいるのだ。
ここに来て友達よりも少し恋人に近い位の関係が、裕子には受け入れやすかったんだろう。
「同じ感性の人が居て、その人が私を好きに為ってくれるのって、どの位の確率だと思う?」そう言って裕子は2人を見た。
「ゼロに近い確率なのよね、男だったら性に興味ない私には振り向かないだろうし、女だったら結婚って形には出来ないもんね、1人で生きて行く決意が居るんだよ、これまでは良平に甘えてきてたけど、自立しないとね。」悲しそうな顔だ。
ここに居る3人は親との縁が薄い、薄いというよりは、関わりたくは無いと思っている、忍はやっと支配から抜け出したのだ。
「恋愛や結婚、親との繋がりも全てゼロみたいな確率なんだよ、それでも繋がっているんだから、きっと裕子も見つかるんじゃないか。」言っても解らないだろう、婚約破棄を言い出した裕子を、自分も理解するのは難しかった。
3人で居ると、凭れあう関係が気楽でいいと思う、そこで立ち止まっていてもきっと問題は無い、だけどカップルになった2人と、そうでない一人が上手く付き合うためには、乗り越えなければならない物が有る。
「裕子さん私ね、家族と居た時には、良平さんと結婚するなんて夢にも思わなかった、それどころかどんな風に生活して、どんな風に年を取るのか不安だった、でもね数年経って今を見て見ると、その頃には考えられなかった風になっている、だから裕子さんも見つけるよ、自分を思ってくれて、自分も好きに為れる人。」忍が嬉しそうに裕子を見る、裕子もつられる様に微笑んでいる。
昨日2人で話して分かったのだろう、自分の心と向かい合って、人にそれを開けてみせるのは勇気がいる、裕子には相当な覚悟が有った筈だ。
それでも言ったのは、忍と何が有っても家族の様に繋がりたいと、考えたからだろう。
忍はその覚悟を受け止めて言ったのだ、言って欲しかった希望を。