【小説】恋の幻想
結婚することが決まった、決まったと言っても式をするわけじゃ無い、家を捨ててきた忍には式をするのが負担だからだ。
「結婚式はしなくても、写真は撮るでしょ、ブーケを用意するよ、忍ちゃんのドレス姿綺麗だろうな。」裕子が自分の事みたいに喜んでいる。
「ありがとう御座います、裕子さんが居なかったらどうなっていたか解らない。」と忍が言った。
「おいおい、俺に対しては無いの?」茶化すように言って忍を見ると茶目っ気たっぷりの笑顔だ。
「良平はこれからたくさんの感謝を示していくから良いでしょ。」こんな感じのやり取りが通常だった。
「いいなー、良平はこれからずっと感謝されるんだよね、私はそんなの無いのに。」裕子が不服そうに口を出す。
「裕子さんにもずっと感謝し続けますよ、何をする訳でも無いけど、私の出来る事はします。」忍の気持ちは本当だろうと思う。
裕子が居てくれなかったら、結婚には為らなかったし、忍の仕事も紹介して貰ったし、俺だけならこうならなかった。
「そんなこと言って良いのー、何でも言ってちゃうよ、それは無理ーってなると思うよ。」裕子は楽しそうに言って忍を見ている。
「結婚するなとか、仕事を止めろとか云う話じゃ無ければ何でも聞きますよ。」忍が再度言っている。
「今の所は無いけど、何か起きたら相談するわ。」裕子がどうでも良いと言いたげに発した。
「怖いなー、カッター持ち出すんだから、何するのか解らないからな。」と言ってやる、元婚約者とはいえ、いまだに考えが解らない。
「結婚って式しないんなら、写真位取るでしょ、その後一緒に暮らすんだよね、私のブーケ持ってね、それから一つだけお願いが有るんだけど。」裕子が真剣な声で云う。
「何でも言ってください、私が出来るのならしますから。」忍も真剣に返している。
「簡単な事なんだ、良平と結婚する日の前、ここに来た時みたいに忍ちゃんと、二人で過ごしたいな。」聞いてくれそうに無いと言わんばかりの自信無げな言葉だ。
「そんな簡単な事で良いんですか、結婚式は無いから、ここに住むようになる前の日に一緒に過ごしましょう。」すっきりした声で忍が答える。
現婚約者と元婚約者が二人でこの部屋で泊まるのは、俺としては抵抗が有った。
「裕子、二人でなくてもいいだろ、他の友達も一緒でも。」と提案する。
「二人じゃ無いと駄目だよ、二人で話したいことが有るんだから、良平は心配するけど大丈夫だよ、私は攻撃したりしないから。」こちらの気も知らずに、忍も大きく頭を振る。