15歳でプロレスラーを諦めて夢を手放したら、24年後に突然デビューできた話【ポレポレな日常/第10回】
幸せすぎて「たった今、人生を終わりにしたい」と思ったことがある。その瞬間があまりにも素晴らしく、色褪せてゆくのがもったいなくて。
人って、幸せな時にそんな感情になることがあるんだと驚いた。
幼い頃からずっとプロレスラーになりたかった。当時、全女(全日本女子プロレス)の受験資格は15歳。その日を目指して小学校から中学3年までの間、100回の腹筋を欠かさず、リングに上がる自分をイメージトレーニングする毎日だった。
ようやく入団テストを受けられる年齢になり、自信満々で申し込む。心はもうデビュー戦だ。フラフラの体で立ち上がり、大歓声に包まれて両手を高々とあげる自分が見える。
けれども現実は厳しく、書類審査すら通らなかった。身長制限に引っかかったのだ。
身長制限があるのは知っていたし、自分の身長が足りないのもわかっていた。それなのに、なぜあれほど自信満々だったのか今となっては謎である。
「身長はこれから伸びます!受けさせてください」
150cmそこそこのくせに、落選通知を握りしめて事務局に電話をかけた。当時は空前の女子プロレスブームで、そんな電話も珍しくはなかったのだろう。
「はいはい、じゃ、伸びたらまた応募してくださいね」
あっさり言われて電話は切られた。
泣いた。喉が切れて血がでるくらい泣いた。あまりに悔しくて、そこから女子プロレスは見られなくなった。終わってしまった恋愛が愛を憎しみに変えるように、女子プロレスという存在そのものを自分の中から消してしまった。
それから24年後。その夢は、突然あっけなく叶うこととなる。
その時のわたしはプロの着ぐるみ師で「某キャラクターの中の人」を仕事にしていた。その仕事はまさに天職ともいえるもので、毎日が充実して楽しく、プロレスラーになりたかったことを思い出すこともなくなっていた。
「あのキャラクターが試合でたら面白いね。出しちゃおうよ」
キャラクターを見かけた選手の方と現地のスタッフさんの雑談から出た企画で、まさかの試合出場が決まった。
その決定を聞いた時の記憶がまったく残っていない。あまりにびっくりして興奮して嬉しくて、わけがわからなくなったような気がする。もちろんバレないようにポーカーフェイスで「わかりました」と答えたけどね。
人生って本当にわからない。身長が低くいことが理由で諦めた夢を、身長の低さゆえに活躍できる仕事で叶える日がくるなんて。
「立っているだけでいいよ。俺たちが盛り上げるから」
気をつかってそう言ってくれた選手の方に、観客が楽しんでくれることは全部やりたいと伝えた。
大歓声の中のリングイン。
悪役からの反則攻撃。
観客席での場外乱闘。
トップロープでのアピール。
少女のわたしがやりたかったことすべてが詰まった試合。最後はフォールして、3カウントをとった。レフリーが高々とキャラクターの手をあげる。場内大歓声である。
キャラクターのわずかな視界から、たくさんの人の笑顔が見える。わたしも笑う。誰からも見えないけれど。
「あぁ、今、たった今、人生を終わりにしたい」
この素晴らしい瞬間を切り取りたい。この時の感動は、今でもリアルに追体験できるほど強烈な印象を残した。
「人生には目標へ向かう地図が必要だ」というけれど、私の人生は地図通りにいったためしがない。
きっちり計画を練り、丁寧に取り組み、諦めない。そうやって、目標に到達する人もいるはずだ。
でも、私は違った。すぐに地図をなくすし、地図にない街が気になって寄り道したくなるし、その街に地図を忘れたことに後になって気づくこともある。
それでも、その時々で、目の前のものにできるだけ丁寧に真摯に向き合ってきた。そうやって歩いていると、まるで伏線回収のように思いがけないプレゼントがやってくることもあるのだ。
諦めても、手放しても、ただ歩き続けていれば夢が叶うこともあるんだよ。
だから、失敗しても諦めても「まぁ、いいか」と思う。人生最後の日がやってくるまで、その1日がどんな意味を持つかなんて自分ではわからないのだから。