荒北靖友の背中を追いかけて
生まれてはじめてスポーツ自転車を買った。
スポーツがまるでできない私でも安心の、初心者向けクロスバイク。車体は蛍光のライムグリーンで、名前は「アキちゃん」と付けた。
運動しようという意欲がそもそもないのにスポーツ自転車を買ったのは、友人にジムの体験に誘ってもらったのがきっかけ。
せっかく無職で暇なんだし体動かすか、と思ったのと、昨今ブームの筋トレやランニングとはいかなるものかと興味もあった(運動を始めた友人たちは示し合わせたかのように「宗教みたいに聞こえるかも知れないけど、筋トレまじでいいから!!」と言う。宗教みたいでこわかった)。
ジムでは、ストレッチをして、少し走って、体幹トレーニングと、とにかく自分を追い込むエクササイズをやった。私はせいぜい1割くらいしかこなせなかったと思う。
それでも、トレーナーさんが掛けてくれる「自分のペースで!できることだけやろう!」という言葉に励まされ、病院に搬送されるような事態にならない程度に、体を動かした。
そうして全身で汗をかき、肩で呼吸しながら考えていたのは、何かのために死ぬ気で努力したことなんてない私でも、青道高校の沢村くんとか、箱根学園の荒北さんとか、「勝つためにすべてを懸けている」人の息づかいを少しは感じられているのかもしれない、ということだった。
「病院に搬送されるような事態にならない程度に」なんてこと、沢村くんも荒北さんも考えてないだろう。だからほんの少しではあるけれど。
彼らは、涙と汗で向こうが、たとえどんなに見えなくても、ただ「自分が自分であるために」前を向いて走り、前を向いてペダルを漕いでいる。
結局、私は友人に誘ってもらったジムには入会せずに、そのジムなら半年通えるだけのお金で自転車を買った。
ジムに通って、自分で自分を追い込むのは、甘ちゃんな私にはちょっときつそうだなって思って。でも自転車なら、その辛さを全部楽しさに変えてくれるって誰かが言ってたから。
家のまわりの田んぼのなかを、土手のサイクリングロードを、アキちゃんと走る。そこに明確な目標や計画は、はっきり言ってない。
それでもペダルを漕きつづければ、「答え」はきっと待っていてくれると思う。