ろまんチック❤ヒコーキラプソディー③
第3話《又お会いしましたねと言わないで》
優先搭乗で真っ先に飛び込んできた男には確かに見覚えがあった。
機内へ一番乗りで飛び込んできて、誰も居ない席の写真をスマホで激写している。
そして、
「又お会いしましたね。」と微笑まれた。
倉田光(くらた ひかる)が宇宙航空に契約社員のCAとして入社したのは23歳。
27歳の今年から晴れて正社員に昇格した。
小学校の卒業アルバムには「将来はキャビンアテンダントになりたい」と記しているくらい憧れの職業だった。
夢は叶ったのだ。
空の旅をより快適に、そして日本ならではのホスピタリティーを大事に頑張ってやってきたのだが、ここ最近は、ちょっと疲れている。
いや、疲れているというよりは接客業の大変さを実感しているだけなのだが。
以前から、CAという職業に憧れていたのに、どうして楽しくなくなってしまったのだろう?
それなりにコミュニケーション能力はあると自分の武器にしていたが、それよりも手強い相手がヒコーキに乗ってくるのだ。
乗る便が決まりパイロットに挨拶やらを済ますと、本日の上級顧客の名簿が配られる。
宇宙航空の最高VIPのダイヤモンドメンバーが何人か居ることを確認して、挨拶に向かう。
今日の1番目のフライト89便は羽田空港から、新石垣空港までの直行便。その機材はそのまま90便で羽田へと折り返しとなる。機長など操縦士は変わることもあるが、客室乗務員はほぼ同じメンバーである。
直行便での飛行時間は約3時間半。
そういえば先ほど一番最初に搭乗した男は、羽田からの89便で見かけた気がする。
あー、折り返しの便に乗っている修行僧か、と納得した。
こっそりダイヤモンドメンバーの乗客名簿と照らし合わせてみると、ビンゴ!非常口席28Kを指定していた。
非常口席は客室乗務員と向かい合わせになる席である。巷ではお見合い席と言われているものらしい。
まだ乗務員経験の浅い私は、前方向かって右側が担当だったので、必然的に合い向かいになった。
28K。この非常口席は、ほとんど一般には解放されないのだが、今回は普通の席が満席で、ダイヤモンドメンバーの男がチェックインカウンターで変更したのだろう。
28K席に座ったところを見計らって「日丸様、いつもありがとうございます。」と挨拶に伺うと、
「あ、お名前覚えていてくれて光栄です。これも降りるまでにお願いしますね。」
と、B5サイズのノートを渡された。
しまった!受け取ってしまった。このノートは、ログブックといって、パイロットなどが、その日の風向き、フライト時間、風速様々な情報を記載する日誌のようなもの。
しかし、昨今ヒコーキファンの方からのご要望で渡されることが多くなっている。受け取った客室乗務員が必要なことを記入して、お返しすることになっている。
「日丸様かしこまりました。今日はお仕事でいらっしゃいますか?」
折り返しの便で飛んでいるので、絶対に仕事では、ないだろう。だが、あえて聞くことにしている。
多分空港から出てないのだろうから、観光ですか?と聞くのはかえって地雷を踏んでしまう。
「いやー!修行ですよ、修行!」
ちょっと顔を赤らめて言うのを無視して
「ごゆっくりお過ごしくださいませ。」
と笑顔で返した。かねてから当社は修行を推進しているわけではないので、あくまでも軽く受け流すことが大事なのだ。
離陸のために客室乗務員もシートベルト着用して席に座ると、前にいるダイヤモンドメンバー日丸氏が話しかけてきた。
「倉田さんとは、実は以前も札幌便でお会いしてるんですよ。その時いっしょに写真も撮っていただきありがとうございました。」
あー、そうだ、たまにいっしょに写真をお願いされることはあるが、基本的にサービスの一環として受けている。
ただ、たまにお客様がリアル顔写真をSNSに載っけることがあるので、SNS投稿はご遠慮くださいませと申し伝えることにしている。
過去にフルネームまで晒されたこともあり、それがトラウマとなっているのだ。
が、!
この男は宇宙航空にとっても大事なダイヤモンドメンバーである。人の好き嫌いで失ってはならないのだ。こんな顧客はたった小さな不愉快なことがあると、コロッと他社に乗り換える。名指しでクレームを入れられたら、私の人生は終わりだ。
「札幌でも宇宙航空ご利用頂いたんですね。ありがとうございます。」と
にこやかに笑うと、ポケットからメモを取り出し確認するような素振りを見せて話しかけられるのを防ぐことにした。
でも、このようなCAに好意的なVIPな顧客はまだ、マシかもしれない。たまに
「子どもがうるさいから席を変更してくれ!」と声を荒げるお客様や、
「カウンターで誕生日だと伝えたのに、お祝いの言葉が一言もなかった!」など、
宇宙航空へダイレクトクレームされる方も多い。
何だか、顧客がだんだんモンスター化してるのを感じる。
こんな風に国内の長距離路線のフライトを終えると、
もう、ぐったりだ。
この世の中、どんな職場でも大変なことはある。
もちろんそれはわかっていて憧れのキャビンアテンダントになったのだから、我慢をして、にこやかな接客を努める。それが私の役目なのだ。
どんなに機内から見える景色が心を癒そうと、胃薬とスイーツ爆食べが欠かせない。
私は仕事だから親切に誠意を持って接しているのだよ。
決して、親しくもなく、友だちでもなく、好意も持っていない!
断固として。
「ご搭乗ありがとうございました。」
それでも、今日もにこやかにお客様をお見送りするのだ。明日も、あさっても。。。
日丸様が、すすっと私のそばに近寄ってきた。
「倉田さん、僕ねぇ。今日、実は誕生日なんですよ。ログブックに書いておいたんだけど。」
ねっとりとした目の必殺光線をまともに受けて、ひきつった笑顔になるのが自分でもわかった。
※この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
※《非常口席》
非常口のすぐ横の座席のことで、緊急時に避難の補助を行う必要がありますが、エコノミークラスでは特に足元が広く快適な座席でもあります。(要条件あり)
※《ログブック》
客室乗務員(CA)や機長に搭乗記録を書いてもらうサイン帳などのことで、航空ファンの間で人気です。レアなヒコーキシールなどを貼ってもらえることもあります。
※《修行僧》
マイル修行(マイルしゅぎょう)とは、航空会社の運営するマイレージサービスにおいて、多頻度顧客に提供される特典の獲得を目的とした、有償航空券による旅行の俗称になります。
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