計算機、文芸誌、懐中電灯

 「どうやらこの屋敷は、絡繰り屋敷らしい。」
 そう切り出したのは、太陽三三大学ミステリー小説研究会幹事長の小山田だ。そして、この屋敷が絡繰り屋敷であることは、周知の事実なのである。
 「”絡繰り屋敷からの脱出”に来てるんだから、そりゃそうだろ。」
 答えるは副幹事長の里崎。
 彼らは昨今流行っている脱出ゲームというものに参加しているのである。公演名からして、今彼らがいる場所が絡繰り屋敷を模した会場であることは、参加チケットを買ったときから分かり切っていたことなのだが、やはり雰囲気に乗せられて、言いたくなってしまうものらしい。
 この公演が始まる前に説明係の女性から渡された二つの懐中電灯のうち一本を、小山田は里崎に手渡しながら、こう告げた。
 「ボク、暗いの苦手なんだ。」
 先ほどのキリッとした小山田はどこに行ったのか、里崎は呆れ顔で「恰好つかねえこと言うなよ。」と言葉を返す。
 「それでは今から六十分間で、この屋敷から脱出してください!最初は、隣の部屋の鍵を開けるための、パスワードを二種類、見つけましょう。それでは、用意……スタート!」
 懐中電灯をくれた女性が指さす赤い鍵と青い鍵を一瞥した。鍵は四桁の数字を入力するもののようだった。
 彼らは書斎風にセットされた部屋の捜索を始めた。
 「とりあえず、パスワードの手掛かりを見つけなきゃな。小山田はあっちのほう探してみてくれ。」
 「うん、分かったよ。」
 里崎は小山田に指示を出しながら、書斎机を漁っていると、赤と青、二つの計算機を見つけた。これは脱出の手掛かりを得るのに必要なアイテムに違いないと、幸先いいスタートに里崎は嬉しくなった。
 「小山田、そっちはどうだ?」
 里崎は机を漁りながら小山田に声を掛けた。しかし、返事はない。
 「小山田、そっちはどうだ。」
 返事はない。
 「小山田。そっちは、どうだ。」
 返事はない。
 「おい、小山田。どうだっつってんだよ!」
 痺れを切らして里崎は蹲って何かを抱えている小山田のほうに近づいていった。
 小山田は本棚の前で、分厚い謎の文芸誌『小説唐栗』を読み込んでいた。
 「何読んでんだ!時間が無いんだぞ!」
 「ああっ、ちょっと!これすごいんだ、この公演オリジナルの本だと思うんだけど、収録されてる作品も本格的だ。つい読み耽っちゃうよ。」
 「物語に集中するあまり、大事な手掛かりを見逃してるんじゃねえぞ。ほれ、見ろ。」
 里崎は、小山田から引っ手繰った『小説唐栗』の下半分をパラパラと捲りながら彼に見せた。ページ番号の文字色を見た小山田は、ああ、と合点がいったような声を出して、にやりとした。
 「小山田、今から言う数を、この計算機で足せ。まずは、赤色からだ。」

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