『アナスタシア』とコロナ禍中の記憶
ミュージカル『アナスタシア』が開幕した。
観ながら、初演時のこと……2020年3月時の自分の状況や心情が驚くほど鮮烈に蘇ってきた。
『アナスタシア』日本初演は2020年3月。
改めて調べたところ、東京の公演日程は3月1日~28日の予定だったが、
3月1日~8日が公演中止、
3月9日に初日の幕を開け、10日、11日と3公演やったあと、
3月12日(は、もともと休演日だったが)から19日までまた中止。
3月20日に再開するも27日まで公演したのち、東京千秋楽の28日はまた中止になっている。
今現在(2023年)も、急遽公演中止になる作品はけっこうあって、まだまだコロナは終わっていないなと思うのだが、今はキャストなりスタッフなりが罹患して体調不良で、物理的に公演続行できず中止になっている形がほとんどだと思う。
けど、2020年のこの時期の中止は「自粛」以前、政府発表次第でどう転がるかわからない混乱の中にあった。
もちろん政府の決定は感染拡大防止のための決定だというのは理解していたし、中止にすることが当時の状況判断としてはベストの選択だったのだろうけれど、今思い出してもあの時期は辛かった。
『アナスタシア』の初演をやっていた2020年3月は、まだ緊急事態宣言が出る前、というか誰もその後、緊急事態宣言なんてものが出る世の中になるとは思っていなかったはず。
コロナ禍初期の初期と言っていい。
2月20日に政府がイベント開催について「自粛要請はしないけどやる必要性あるか検討して?」みたいなあいまいな発表をし、
2月26日に「大型イベントの《2週間ほどの》自粛要請」が出された。
この「要請」で主要な興行元はバタバタと公演中止を決定。
その要請に従い、初日を遅らせ、自粛期間とされた2週間があけた3月9日に『アナスタシア』は開幕という判断になったんだと思う。たぶん。
ただ開幕したあとの3月10日に、《2週間ほどの》と言っていた政府が、《専門家会議判断が示される19日まで自粛継続を》と言い出して、3日間だけ公演してまた中止になってしまった。
自分の話をする。
私にとって『アナスタシア』は、コロナ禍対応を初めて経験した公演である。
入り口で体温測定をされ、手のひらに消毒液をシュッシュッとかけられ……という体験を私は『アナスタシア』で初めてした。シアターオーブの劇場入り口のワンフロア下、11階の階段を上る前のところで。
それまでに体験したことのないものものしさだったし、こんなことまでしなきゃいけないんだ、と衝撃を受けたのを覚えている。
この時期に再開した公演は各所対策していたんだろうけど、私個人の体験として『アナスタシア』が初だった。
またこれは余談だけど、私はこの時期『WE MUST GO ON』という本を作り始めてて、これは2月26日の自粛要請発表を受けて動き出した企画だったのですが、けっこうすでに色々な壁にぶち当たりヘロヘロになっていた時だった。
ヘロヘロになりながらもなんとか3月10日「作ります」宣言をしたばかりだった。で、そこそこ話題にもなっていた。
そんな中、劇場の入り口で消毒液を手に振りかけてくれた梅芸のプロデューサーさんが「あっ平野さん! ……がんばって!」と声をかけてくれたのがめっちゃ沁みた。私の仕事は「関係者」ではあるけど「中の人」ではなく、常に外にいる立場なんだけど、この時はちょっと「一緒にこの苦境に立ち向かっている同志」みたいな温度を感じたんですよね。
(この時期のロビーまわりは、今思えば劇場スタッフだけでは手が足りなかったのだろう、制作会社の社員さんたちが総出で劇場対応していた記憶)
あと、この時期世の中はトイレットペーパー不足に陥っていて(覚えてますか?あったでしょ?)、特に都内は焼け野原だったみたいなのですが、我が地元埼玉は売り切れているところもあるけど買えるところもあって、『アナスタシア』のスタッフに入ってる友人に、密輸のように2・3個ずつトイレットペーパーを届けに行っていた、という記憶も蘇ってきた(いや単純にダースで持っていくのが重かっただけなんだけど)。
トイレットペーパー不足って今思えば笑い話みたいだけど、当時はけっこう深刻というか、異常事態だったし、ちょっと違う世界線に来ちゃっているみたいな感じだった。
私の初演版『アナスタシア』初観劇は3月20日。
内海啓貴さんの初日、って自分の記録に書いてある。
本来3月1日が初日だった公演のMY初日が3月20日になるってどんな心境だったんだろう……。
……という、いろいろな、いろいろなこと――自分の気持ちとか自分が置かれていた状況とかの記憶が、麻実れい様扮するマリア皇太后の「あれが最後だなんて思わなかった」「どれが最後のさよならになるか、私たちにはわからないのよ」という台詞で一気に蘇ってきたのでした。
この台詞、初演時も観ながら本当にそうだよねと涙腺が崩壊したし、「もし今後また公演中止になった時にこの台詞を私は思い出すだろう」と思ったし、実際千秋楽が中止になった時にこの台詞が頭の中でリフレインしていた。
そしてこの時期の演劇関係者、ファンも、誰もが日々の公演を「どれが最後のさよならになるか、私たちはわからない」という気持ちを噛みしめ過ごしていたんだろうなと思っている。
私の中で『アナスタシア』は2020年の混乱の象徴と言っても過言ではない。
どうか2023年の公演は滞りなく進みますように。
以上、『アナスタシア』を観てなんだか感傷的になってしまった話でした。
あ、『アナスタシア』という作品自体はとても素晴らしく、面白く、ゴージャスで見応えたっぷりなミュージカルです! 観劇レポは別途書きます。