こどもまんなか 小さな一歩 〜笑うと決める〜
「こどもまんなか」。
私の理想のイメージの中では、
こどもたちはみんな
おとなに見守られ、大事にされながら、
安心して遊んでいます。
家でも、まちじゅうどこででも。
子どもたちの笑い声が
どこからでも聞こえてくるような平和な世界
子どもたちが生きていく未来が
そんな平和な世界になるといいなと・・・と思っていたら、
なんと、実在していたようです。
それは、150年ほど前、明治初期の日本の一風景。
接する社会の切り取り方によって
見え方は異なるとは思いますが、
このような風景が確かに
かつての日本にあったのだと思うと
胸が熱くなります。
「昔はよかった」と懐古的になるつもりはありませんが、
150年前の日本の風景イメージは大事にしたい。
笑うって決めただけで
書籍『逝きし世の面影』のほかの章では、
同時期の日本が笑いに満ちていたことに
触れられています。
日本人は陽気で、
確かに満足しているようだった、と。
「笑い」。
私は最近「笑い」によってもたらされる
喜びの循環に触れています。
・・・と書くとすごいことのようですが、
なんてことはありません。
ただただ、「笑う」って決めたら、
周りがどんどん柔らかく
面白くなっていっているのです。
出会う人と、初対面でも旧知の仲のように
喜びが通うこともあります。
変化として実感していることが、
息子たちが、以前よりももっともっと
お調子者になったこと(笑)
息子たちは、私が笑うと確信しているからか、
日々、でたらめ踊りと、でたらめソングの
レパートリーが増えています(笑)
もちろん、笑ってばかりはいられない時も
ありますが。
でも、そんな時でも
「あ、笑ってない」
と、自分を俯瞰できるだけで
ちょっと緩みます。
「たくさん笑う」「まずは笑う」って決めただけで、
自分も周りもどんどん軽やかになる。
前述の書籍で写し出された150年前の子どもたちも、
おとなの陽気さの中で、
信頼感や安心感を感じながら
遊んでいられたのかもしれませんね。
「笑い」のエネルギーって、
信頼感と安心に満ちています。
人と人との隔たりも、物事の隔たりも、
0にしてしまうようなのです。
そこを安心安全な場に変え
子どもたちが
自分の力を思う存分発揮する環境を
作ることができるようなのです。
こどもまんなかって
「こどもまんなか」を意識すると、
そこには必ず「笑い」があるように思います。
こどもを育てていると、
笑っていられることばかりじゃないのは
本当によくわかります。
でも最近、私は良いことを学びました。
それは、「作り笑いでも、本物の笑いでも、
脳は区別できない」ということ(※)。
つまり、楽しくなくてもまずは笑ってみることで、
本物の笑いに変わっていくんですね。
「たくさん笑うと決めること」。
「いつでも笑うと決めること」。
「笑えなくても笑ってみること」。
楽しいから笑うのではなく、
理由がなくても笑っていい。
こどもたちに、たくさん笑っていてほしいから。
そのために、まずは自分から。
私にとっては、ただそう決めることが、
「こどもまんなか」への一歩になっています。
小さな一歩が、
いずれこどもたちの未来につながっていくといいですね。
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#こどもまんなかやってみた
を募集してますよ〜!😊
トップ画像は、大好きなあやさんの写真からお借りしました
※Laughter Yoga International認定 ラフターヨガティーチャー講習を受講しました😊「笑い」って奥が深いです。ラフターヨガを交えた育児セミナーやイベントを始めています😊
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