医療経済と宇沢弘文先生
医療経済学という講義があります。医療財政学や医療行政学など、他の講義でも経済について関連づけて学ぶことは多く、関連図書をいくつか読みました。中でも、宇沢弘文先生の本は特に印象深く、また医療との関連性も高いと個人的には思っています。今回、大学院での講義を踏まえ、宇沢先生の上記3冊を拝読した上での、現時点でのまとめをしておこうと思います。
宇沢先生との出会い
宇沢先生の著書に自分が出会ったのは、2年前の2017年のことでした。前任地である佐久でお世話になった、色平先生の記事で紹介されていた『人間の経済』という、宇沢先生の娘さんがまとめた、宇沢先生の集大成とも言える本を手にとったのが最初でした。当時鹿児島に戻ってきて、九州大学の医療経営・管理学専攻への進学を考えており、医療者である色平先生が経済学の先生のことを書いていたので気になったのでした。
書籍のご紹介
実際に読んでいただいたほうがいいので、内容についてはあまり書きませんが、『人間の経済』と『社会的共通資本』の2つは宇沢先生を知るという意味でも総論的な本、『社会的共通資本としての医療』は宇沢先生はじめ様々な分野の著名な医師の方々がそれぞれの立場から医療について論じた本です。
医療経済学との関連
社会的共通資本の具体的な形態として、自然環境・社会的インフラ・制度資本を挙げています。著名な経済学者の先生が、自然環境や制度といった一見経済とはあまり関係なさそうなことを挙げていることが興味深いです。リベラルな経営学者として、医療に限らず環境、教育、自然などについて言及しているのですが、本質的にはヒトの心に迫っている、他の経営学者の書籍とは一線を画している本だと思います。
宇沢先生は、医療を、「管理・運営をfiduciary(信用とか信託といった意味です)の原則にもとづいて、単なる委託行為を超えて、自律的な立場に立って、専門的知見にもとづき、職業的規律にしたがって行動し、市民に対して直接的に管理能力を負うものでなければならない」としています。つまり、官僚的、市場的基準による配分ではダメで、学問的知見にもとづき、同僚医師相互による批判や点検を行うpeers’ reviewなどを通じて、医療専門家の職業的能力、パフォーマンス、人格的な資質などが常にチェックされるような制度的条件の整備をし、それらが社会的に認められていることが大事であると言っているのですね。また、医療を経済に合わせるのではなく、経済を医療に合わせる(サービス供給のためにどれだけ希少資源が投下され、どれだけコストがかかったかにより医療費が決まり、その額が国民経済全体からみて望ましい国民医療費となる)べきとも指摘しています。
筆者のイメージ図(真ん中の図は『岡田唯男, 杉本なおみ, 藤沼康樹. 臨床指導医養成必携マニュアル. 東京 :ぜんにち出版; 2005. p47-51』より引用)
また、偶然日本プライマリ・ケア連合学会の前理事長である丸山泉先生のご講演でも宇沢先生の話が出て、「社会的共通資本」における医療は、「今後も維持していくべきもの」ではなく、「自己変容し続けるべきもの」としている、と言われておりました。
医療というところから入った宇沢ワールドでしたが、医療だけで世の中のことを考えるのは限界があること、より広い意味で、例えば宇沢先生の場合は「社会的共通資本」という名前で経済学的な視点で以て世の中に「こうなってほしい」ということを明らかにしていると理解しました。直接は全く関連しなさそうな分野のことも、根幹では共通していることを宇沢先生の本で学び、医療経済を考える上では多様な視点で考えることが重要で、今までになかった視点を得られました。
まとめ
宇沢先生が「社会的共通資本」として述べられていることは、今自分が医師としてやっている現場で新たに何かできるかと言われると、とてもじゃないが明確に言えることはありません。ただ、医師として、よりマクロの視点も持ちつつ、一人の患者さんだけでなく地域・社会をより良くできる人間でありたいと思うようになったことで、宇沢先生の考え方で医療に限らず自然環境や教育などの視点を地域のケアに活かせるようにしたいと思えたことが、何よりの学びでした。
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