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医療マーケティング論③

引き続き、医療マーケティング論のまとめです。

高齢者の栄養ケア・マネジメント

 1970年代、米国において病院に入院している患者さんにおける栄養失調の存在が社会問題となって以降、栄養の重要性に注目が集まるようになりました。本邦においては、低栄養状態そのものを全国的に調査したものはないものの、高齢者において栄養状態が不良となりやすいことや、低栄養が予後やADLに影響することがわかっています。
 地域包括ケアを考えるにあたり、高齢者における栄養ケアのマネジメントの重要性がこの講では強調されました。

 少し前のまとめですが、高齢者における栄養管理について、厚労省から情報が発信されています(https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/0000015824.pdf)。この資料によると、加齢に伴いBMIが低下していく、歩行速度が遅くなる舌圧が低下していく、残歯の減少と栄養摂取量の低下をきたすこと、などが分かっています。

 歩行速度の低下は、フレイル状態と同じく、要介護状態へのリスクになることが分かっています。下の図のように、フレイルないしプレ・フレイルの状態自体も要介護状態になるリスクですが、歩行速度の低下(定義:<1.0m/秒)を伴うとよりそのリスクが高まります。

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Shimada H, et al : Incidence of Disability in Frail Older Persons With or Without Slow Walking Speed. J Am Med Dir Assoc 16 : 690-696, 2015.

 同様に舌圧の低下は、サルコペニアの発症と有意な関連が示されています。サルコペニアの存在は、それ自体が低栄養と関連していますし、嚥下障害の原因にもなるため経口摂取に支障をきたし、より栄養状態の不良につながってしまいます。

Machida, N.; Tohara, H.; Hara, K.; Kumakura, A.; Wakasugi, Y.; Nakane, A.; Minakuchi, S. Effects of aging and sarcopenia on tongue pressure and jaw-opening force. Geriatr. Gerentol. Int. 2017, 17, 295–301.

 このサルコペニアですが、その原因は以下のように分類されています。何らかの疾病によって起こるサルコペニアは「疾患が関与する」サルコペニアのみであり、「活動量」は精神・心理的な影響や社会的な影響を受けます。「栄養」も、摂食不良や食欲不振が生じる原因に、MEALS ON WHEELという語呂合わせに代表される通り、やはり心理社会的なな要因が関与します。高齢者の栄養管理には、加齢や疾患だけではなく、精神・心理社会的な側面へのアプローチも重要なことが分かります。

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Cruz-Jentoft AJ, et al. Sarcopenia: European consensus on definition and diagnosis: Report of the European Working Group on Sarcopenia in Older People. Age Ageing 39 : 412-423, 2010.

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 高齢者の低栄養が複合的な要因から起こることを理解した上で栄養状態のアセスメントを行い、栄養補給・栄養教育・専門職種による多領域からの栄養ケアを意識した介入を行うことが重要です。

高齢者の嚥下・摂食支援

 高齢者の栄養ケア・マネジメントに引き続き、嚥下や摂食に焦点を当てた講義です。嚥下の5期モデルや嚥下障害をきたす神経疾患とその種類、嚥下機能評価などが主な内容でした。この領域は、すでに様々な書籍も出ていますし、ブログで細かく内容を出してくださっているものもあります。

 上記の如く森川先生が指摘くださっているように、包括的に・多職種で、関わることが非常に重要ですね。

米国のCCRC(Continuing Care Retirement Community)から学ぶ

 米国に、高齢者の自立と尊厳を守るために保健・医療・介護サービスを統合した包括的なサービスを提供し、高齢者が自立して健康に・楽しく・快適に暮らせるCCRC(Continuing Care Retirement Community)という自立型住まい中心とした総合的なサービスを提供するシステムがあります。CCRCを直訳すると「継続した生活支援・健康支援・ 介護, 医療サービスを提供する高齢者の生活共同体」、日本語訳として「健康高齢者コミュニテイ」と呼ばれます。

 CCRCは以下の7つの要素からなります。
1. 「継続したケアの提供」という理念
2. 3種類のハード(住まい)
3. 4種類のソフト(サポートプログラム)
4. 4タイプの契約
5. 経営主体の中立性・安定性
6. 経営・開発・運営の分離
7. 多様な入居一時金・返還方式

 例えば2の住まいの形態には、「自立型」「支援型」「介護型」があります。入居者のADLや自立度に応じて、以下表のように対応されます。

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https://jpccrc.org/日本版ccrcをいかにして実現するか実現へ向けての/

 3のソフトは、①Independent Living(自立プログラム)、②Assisted Living(支援プログラム)、③Nursing Care(介護プログラム)、④Memory Care(認知症ケアプログラム)の4つがあります。
 4の契約については、①包括型:入居金の他に月々の管理費を払うだけで、一生の間予防・介護・医療サービスが保障、②制限型:予防・介護・医療サービスを受けられる回数・日数に上限があるが追加のサービスを別途費用で受けられる、③出来高型:予防・介護・医療サービスは契約に含まれず追加費用を払うことでサービスを受けられる、④レンタル型:一時金を払わず予防・介護・医療サービスを市場価格で支払う、という4種類があります。 
 6のCCRCにおける経営面ですが、支援する高齢入居者を増やす(規模の経済性の向上による固定費の分散)、住まいの形態が複数あることでスタッフが業務を共有する(範囲の経済性の向上による経済効率の改善)、CCRC全体で従業員を多く雇用して従業員の研修の質や効率を高める(習熟効果:業務の中で学習を積むことで業務プロセスの効率化)を意識しています。

 経営手法などにおいて日本にそのまま適用することが難しい面もありますが、いわゆる特養とグループホームの違いのようにそれぞれの施設の特色を生かした支援という意味で、学ぶところの多いシステムだと思います。

未来への構築 「日本型CCRC」--最期まで自立を目指す新たな地域包括ケアシステム--

 CCRCを日本で構築するには?という内容の講義でした。日本の地域包括ケアシステムの中にどう落とし込むか、これを考える前提として、地域包括ケアシステムの論考に、スウェーデンとデンマークの先行事例が紹介されました。

 スウエーデンでは高齢者が入居できる施設がかなり前から建設され、いわゆる施設のような形態から、集合住宅のような形態に変わっていき、制度としても介護度で住み替えることがないような体制になっていきました。この辺りはCCRCの考え方と同様だと思います。特に1982年に施行された社会サービス法が特徴的です。この法律は、個人が自治体のサービスを受ける権利が謳れて、
①ホリスティック(総合的)な見方
 個人の障害や疾病などに限定せず生活を含めたすべての面を考慮する
②ノーマライゼーション
 障害があっても普通に生活できること
③継続性
 同じスタッフによって継続的にケアされること
④弾力性
 個人のニーズにあったケアを行うこと
⑤地域中心
 慣れ親しんだ地域でケアを受けられること
⑥自己決定と選択の自由
 本人の意思を尊重すること
の6つが原理となっています。

 デンマークでも同様の歴史的な過程をたどっています。戦後の経済成長を背景に1960〜1970年代、プライエムという入居施設が建設されていきましたが、画一的なサービスと刺激のない生活によって高齢者の生きがいが損なわれていたとされています。そこで「高齢者三原則」として、
①継続性の維持:これまでの生活を断絶せず継続性を持って暮らす
②自己決定の尊重:高齢者自身の自己決定を尊重し周りはこれを支える
③自己資源の活用:高齢者が持っている資源に着目して自立を支援する
が示され、この原則に沿った高齢者住宅の建設と24時間在宅ケアの整備に力が注がれるようになりました。

 上記2国だけではありませんが、上記のような高齢者ケアにおける理念や原則を参考にして、日本では地域包括ケアシステムが構築されていったことは非常に興味深いです。

地域包括ケア研究会 報告書
https://www.murc.jp/sp/1509/houkatsu/houkatsu_01.html

まとめ

 医療マーケティング論という講義で、嚥下障害・摂食支援のことが出てくるのは意外でした。高齢者の栄養やサルコペニア、誤嚥性肺炎という問題は、総合診療・家庭医療の領域では非常に大きな部分を占めており、直接的なケアはもちろん、意思決定支援含め幅広い視点を持っていることが大事だと思います。

 最後の講義のまとめは、長くなりそうなので次回にします。

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