2024年9月東京散歩 ④銀座~豊洲
「やっと人生が始まった気がするわ、最近。なんとなく仕事して金貰って、ゲームの新作楽しみに待ってればいいと、前は思ってたけど」
先日、会長の言った言葉に僕は形容しがたい気持ちになった。
婚約を決めた会長の言葉。数年前の自分だったらその意見に否定的だったと思う。ただ今は肯定的な気持ちと、その言葉に連帯感すら感じる。30歳間近はそういう年齢なのかもしれない……。
いや、違う。それはきっとアラサーだからではない。
どんな時期にも僕たちはそうしていた。
毎週の少年ジャンプについて話すように、パワポケのサクセスをみんなでやるように、時期によって楽しむフィールドが変わっているだけのように思う。
自分だけで楽しめることももちろん良いけども、やはり仲間、親友と同じステージで人生というゲームを楽しんでいる実感は何事にも代えがたいのだろう。
こんなしんとした話題で始まるのもアラサーならではなのか。
とりあえず9月の散歩のお話に入ろう。
①銀座にて、指輪とドトール
始まりは銀座のドトールから始まる。
僕は婚約指輪を購入したその足で喫茶店へと赴いた。
土日に指輪を見に行ったらあまりにも混んでいてまともに話を聞ける状況ではなかったため、有給をとって改めて店に行ったのだ。
前回対応してくれた風格と穏やかさのある中年紳士に対応してもらい僕は婚約指輪の購入を済ませた。
その指輪を気に入ったから購入するのであるが、その店員さんのセールストークに揺り動かされたこともまた事実だった。
「まんまと口車に乗せられてしまいましたね」
僕が幾ばくかの緊張を和らげるためにそういうと、
「あっはっは」
と、紳士は品のいい笑い方で返してきた。悔しいような清々しいような。
大きな買い物をしてしまった後に入ったドトールで、自分がどのサイズを選ぶかが気になったが、結局Sを選んだ。今日の収支の帳尻をなんとか合わせようとしているのだろうか。それは焼け石に水だ。
カフェラテを飲みながら待っていると、仕事終わりの会長がやってきた。
たった今、指輪を買ってきた話をすると、「散歩するの怖えな」と返してきた。全くその通りである。
他のメンバーがまだ合流していなかったのでとりあえず散歩を始めてみた。
最近の散歩中の話は、専ら家具はどうするべきかなど、小市民としての悩みだ。2年前くらいはどうボケるべきかを考えていたはずなのに、もうそれは余り無い。少し寂しさすら感じる。
銀座を過ぎて佃大橋を渡ろうとすると、タワーマンションたちが前にそびえたつ。一つ一つが「ようこそこちらの世界へ」と話しているようで、過去にはもう戻れないのだと思わせてくる。
なんとかその誘いに抗おうと、僕は夜の腹ごしらえに月島でのもんじゃ焼きを提案した。
②月島にて、もんじゃ焼き
月島でもんじゃというと、石田衣良の「4TEEN」を思い出す。マスターベーションを何回したかなどの下らない話題を読んで、自分たちも現実で一日何回しているなどと話していた中学生の頃が思い出される。その下らなくも大切な記憶をどうにか風化させないための抵抗だ。
月島のもんじゃストリートすら、成長期をとうに過ぎた大人のような高層マンションに侵食され、一角は今まさに再開発中だ。ただこの情景は昔から変わっているわけでもないので、侵食というよりは共存か。僕も自分の中でこんな風に奇妙に共存する感性を持ち続けたい。
そうこうしているうちに、遅れた一人が月島にやってきたので早速もんじゃ焼き屋に入ることにした。
さっきから独白しかしていないので、気持ちばかり散歩の中身も書いておこう。
えびすや
ストリートの真ん中あたりにあるお店。内装は古くても清潔感はあり、まずはビールを注文し、無難に乾杯をする。
夏の暑さがようやく過ぎ、暑い鉄板を真ん中に囲んで会話をしても大丈夫になってきた。僕が月島に期待する必要十分がそこにはあった。ホタテ焼き、もんじゃ焼き、お好み焼きを頼んだが、全て店員さんが完成まで持って行ってくれる。僕たちはただ雑談に勤しめばいい。出来上がったもんじゃをつっつきながら淀みなく雑談を続ける。火傷にさえ多少気を付けていればそこに思考の介入する余地はない。
フレンチのコースのように、肉の火の入り方やソースの味に神経を使う必要はない。等身大の美味しさと安心感だけを提供する。このお店は大人への階段にわずかに抵抗する僕の味方だった。
独白に挟んだ紹介で申し訳なさすら感じるが、自分が紹介するまでもないということだろう。一つ特徴を上げるとするならば「たらし焼き」というお好み焼きの形態だ。お好み焼きではあるが形態はチヂミに近い。他にあまり見ないため、普通のお好み焼きに飽きた人にはうってつけかもしれない。
話を僕らのことに戻そう。いや、続けよう。
仕事が終わらず未だ来ない一人は既に結婚しているので、去就が注目されるのは月島から合流した会員だ。婚約やら指輪やらの話をして、食い付くかどうかと模索していた矢先、
「そういえば、俺入籍しました」
完全な出オチである。出オチと言ってしまったが素直にめでたい。
別に社会人になってから示し合わせたわけではないのに、クラスで互いを確認しているように人生の出来事が似通っている。中学18年生だ20年生だと真面目に名乗った方が良いのかもしれない。
彼や会長の話を聞きながら僕はクリームソーダを頼んだ。
いつもそれを飲むと幼稚園の頃に行っていた洋食屋を思い出す。頼んだスパゲティは多くて食べきれず、残りを父が食べながらも、クリームソーダだけはちゃんと飲み干していた。これも抵抗か。
小一時間、小市民としての話をしていると、仕事のトラブル処理を終えてもう一人が合流したので、店を出て散歩を再開した。
③豊洲にて、散歩の終わり
辺りはもうすっかり暗くなり、眼前に広がる疎らな生活の灯りだけが僕らの羅針盤だ。
豊洲を目指して月島から二つの橋を渡る。
まだ子供も皆出来ていないのに、なんだかんだ幼少期の子育てをするなら自由な緑のある郊外がいい、学校はどうするのか、中学受験はどうするのかなどひたすら仮定の話をしていた。未来の話をすると同時に、自分達の幼き原体験を一様に思い出している。
また、社会人になったときに、子供の受験を控えるママさん達にひたすら昔のことを聞かれたことを思い出す。「大変だなぁー」と当時は思っていたが、案外あれはあれで楽しいのかもしれないと無責任に思う。
豊洲につくと、背後にスカイツリーを拝むことが出来た。学生の頃、スカイツリーが下から積みあがっていく様子を毎日のように眺めていた。開業が2012年だそうで、豊洲とスカイツリーの距離はそのまま「僕」と「僕‘」の距離だ。
「そろそろ涼しくなってきたし、またでもゴルフ行こうぜ」
帰り際にそんな約束をする。ゴルフが楽しいのは重々承知だが、この「さんぽ」という中学生からの趣味だけはどうにかみんなと死守したいものである。
文責:Dekaino