山登り人生vol92アイガー登れず
27歳。奥様25歳、長女2歳、長男8ケ月。
初めての海外遠征でした。
No196ヨーロッパアルプス遠征36日間
昭和51年7月15日~8月19日 M、Iと私
ランデックス針峰南東稜、
モアヌ針峰南稜、
モンブラン一般ルート
コスミック山稜(ミディー針峰南南西稜)
ツールロンド北壁、
マッターホルンヘルンリ稜
6座に登りました。
シャモニ滞在18日間、ツェルマット滞在3日間、
グリンデルワルト滞在5日間でした。
この遠征記録は、
令和4年1月1日から5月7日にかけ
マガジン
「1976年ヨーロッパ山旅日記㏌よっちゃん」に27本投稿しています。
今回のマガジン「山登り人生」は、
山日記のスタート昭和44年9月の登山から投稿を続けています。
今年3月29日から始め
遂に昭和51年のヨーロッパアルプス遠征まで来ました。
前述のとおり既に投稿しています。
改めて山登りの記録を添削しながら
8月7日
遠征24日目のアイガー目指してグリンデルワルトに移動しましたが・・・。
ツェルマットからグリンデルワルト移動
ツェルマット⇒
ブリーク20.2F⇒インタラーケン23F⇒グリンデルワルト→グルント
ジュース6.6F グリンデルワルト5F 昼食27.9F・5.4F 買出し15F
グルント3.6F コイン6F
アイガー東山稜を目指すため、
最後の山群登山口のグリンデルワルトに移動しました。
この山稜は、1921年9月槙有恒が初登攀したことで有名です。
グリンデルワルト駅周辺をブラついていると、
「こちら長いのですか。詳しいですか。」と声を掛けられます。
添乗員が小旗を掲げ、後に多くの観光客が続いています。
農協御一行様の団体旅行ツアーで、その一人からの声かけでした。
日焼けして髭を伸ばし一人ブラつく私は、そう見えたのでしょう。
駅からキャンプ予定地のグルントまで下ります。
ウェッターホルン3,701mやアイガー3,970m東山稜が望まれます。
翌日はIが気分を損ね2度目の分裂休養となりました。
三日間は雨天で山行動はできず
9日ベルン観光、
10日クライネシャイデックまで視察、
11日インターラーケン観光と過ごします。
山への挑戦意欲が途切れてしまいました。
8月12日(木)ジュネーブに移動し
8月14日(土)パリ空港から帰国の途に着きました。
これでヨーロッパアルプス遠征の投稿を終わります。
登山以外の投稿はマガジン
「1976年ヨーロッパ山旅日記㏌よっちゃん」
を見ていただければ幸いです。
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