軍曹(アシダカグモ)
「お母さん、ちょっと来て ! 」
キッチンにいた夫と高校生の息子が、あわてた様子で叫んでいる。
急いでキッチンへ行ってみると、手のひらぐらいの大きさのクモがいた。
デカイ!!
クモはゴキブリなどの害虫を食べてくれる。だから、普段クモを見かけても、私は見て見ぬふりをしている。
クモはたいてい天井に近い所にいて、しばらくすると姿を消すので気にならない。
ただ今回は、床に近い場所に出現してしまった。うっかり踏んでしまうかもしれない。
ずいぶん前に、同じくらい大きなクモを見かけたことがある。
ネットで調べると「アシダカグモ」だと判明した。
網を張らずに目の前に来た獲物を捕らえて食べる、ワイルドなクモ。家じゅうの害虫を食べつくした後、さよならも言わずに去っていくので「軍曹」と呼ばれているらしい。
みんなで「かっこいいね」と笑って話したのを覚えている。
しかし今回は笑っている場合ではない。目の前のクモを「かっこいい」からと放置すると、踏みつぶす危険性があり、お互いのためにならない。
なんとか外へ逃がそうと、家族全員でミッションに取り掛かった。
男が2人もいるのだから、私の出番はないだろうと思いながら見守る。
夫が棒でクモをつついている。つついてどうするつもりなのだろう?
ちょっと嫌な予感がする。
息子は椅子の上に上がって「うわーっ」と叫んでいる。ビビリっぱなしで戦力になりそうにない。
夫がクモをつつくと、クモはとうぜん逃げる。そのクモが私に向かって突進してきた。
「ギャーッ」と叫んで逃げようとする私を、夫は目にもとまらぬ速さで追い越し、階段の一番上まで駆け上がった。
クモが突進してきたことよりも、夫の逃げ足の早さに驚いた。
クモと格闘すること1時間。
クモをつついては逃げる夫と、叫ぶだけの息子を見て悟った。
「私がやるしかない!」
覚悟を決めると、さっそくいい考えが浮かんできた💡
「クモにカゴをかぶせて、カゴの下に厚紙を差し込んで捕まえる」という作戦だ。
私は夫に作戦を説明して「カゴと厚紙を持ってきて」と頼んだ。
私はクモが逃げないように、しっかりと見張る。息子は相変わらず椅子の上だ。
しばらくしてカゴと厚紙を持って夫が戻ってきた。
「はい」といって渡された。
やる気ゼロか!
しかもカゴが小さすぎる。クモがギリギリ入るくらいの大きさしかない。紙もペラペラじゃないか!
挑戦的か!
私はちょっとキレながらクモに近づき、なんとかカゴをかぶせることに成功した。下から厚紙を差し込んでそっと持ち上げ、軍曹(アシダカグモ)を窓の外に逃がした。
所要時間3分。
今までの時間を返してほしい。
結局、夫と息子はクモをつついて叫び、逃げ惑うだけだった。私だって怖い。しかし、きっと次も、私がやるしかなさそうだ。
「軍曹」は、きっと戻ってくる・・
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